何回目だろう。
君が傷つき、僕が笑い、君が笑い、僕が傷つく。
繰り返されるサイクルに終わりがないことなんて知っているのに。
終わりが今か今かと迫っているような感覚。
信じては裏切られ、それでも信じる他などなかった残酷な選択肢。
いつまで続くんだろう、と嘆く僕に君は笑った。


『終わりのない階段なんてあるわけないじゃん』





ガシャン。



何かが落ちて壊れる。
散らばった破片が足元まで飛んできて、壊れた何かから溢れ出る液体が足を濡らした。
今日はやけに膝や首が痛むなと思いながら、ゆっくりと腰を下ろし、液体に指を這わす。
生ぬるいそれに手のひらを押し当て、じんわりと垂れた袖の端に染みた。

「井浦くん?」

破片が指を傷つける。
つぅと赤い線が走り、そこから出てくる赤い血液が手のひらの液体と交わる。

「あ、かねっ…」

目の前にいた井浦くんは膝から崩れ落ち、その場にしゃがみこんだ。
驚いたような、不安そうな顔に愛しさすら覚えて。

「…ち、でて…ごめっ、」

ガタガタと震えながら泣きそうな顔をする井浦くん。

「大丈夫です、これは僕が勝手に切っただけなんで」

液体の上を跨ぎ、井浦くんに手を伸ばそうとすると膝に鋭い痛みが走る。
どうやら破片を踏んでしまったらしい。
じわりと液体の生温さが染み込んで痛いというより痒みを覚えた。
これを君に見られないようにしないと。
頬を両手で挟んで、固定する。
手のひらから滴り落ちる液体と指から流れる血液が頬に模様を刻んだ。

「井浦くんは何も悪くない」

安心させるように呟いて、柔らかな緑の髪に唇を落とした。

「だから、笑ってください」

頬の手を背に回すと強くキツく抱き締めた。
あの日の笑顔が戻ってきますように。

「…あ、か…ね」

カクンと力の抜けた身体は空っぽの抜け殻のように軽く、そこに温もりは感じられなかった。
どうしてこんなことになってしまったのだろうと後悔しない日はない。
僕は君が笑ってくれるだけで良かったのに。
いつの間にか細くなってしまった白い手首に刻まれた無数の傷。
中にはまだ傷が塞がってないものもあり、またやったのかと溜め息を吐いた。

「…全部、僕が悪い」

嫉妬なんて、もうしない。
ヤキモチも焼かない。
君の青白い首に手を回そうとして止めた。

井浦くんの身体を床に横たえると落ちた破片を拾い、悪いのは僕なんだと繰り返した。
井浦くんは悪くない。
悪いのは全部、僕の方なんだから。
ギュッと握り締めると手から赤い液が溢れ出て、それは人間と同じ色。
井浦くんの手首を染めるそれと同じ色。

「一人は寂しかった」

辛かった。
一緒にいてくれる人が欲しかった。
堕ちるなら、せめて君とがいいと手を掴んだ筈なのに。
君は弱く脆かった。
目から溢れる液体が視界を濁らせる。
鼻がつんと痛くなり、膝がじんじんと痛くて痒かった。
掻き毟りたい衝動を堪えながら自身の首を無造作に掴んだ。
痛くて苦しくて、悲しい。

「……っ、ね!」

強く手を引かれ、目をやれば。

「……いうらくん」
「何やってんの!?死にたいの!?ばかっ!!」

嗚呼、いつもの井浦くんだ。
本気で怒っている君には悪いけど、思わず笑みが零れた。
良かった。
今度こそ戻って来ないんじゃないかって怖かった。

「…ごめんなさい」
「あかね…死んじゃやだよ」
「僕も井浦くんが死ぬのは嫌です」
「うん」

涙目で頷く井浦くんの頭を撫でながら、床の液体の処理を考える。
破片もあるし井浦くんにやらせるのは危ない。
見つからないように傷の処理もしたいし、撫でていた手を止めると井浦くんに掴まれていた手を外し、出来るだけ優しい声音で井浦くんに囁いた。

「井浦くん、すみませんが何か温かいものを用意してもらえないでしょうか?」
「え?」
「ホットミルクがいいです、久々に井浦くんが作ったものが飲みたい」
「…うん」

戸惑ったように頷く井浦くんにお願いしますと念を推す。
不思議そうな顔でチラチラとこちらを見ながらキッチンに向かう姿を確認すると床に落ちている破片を最低限かき集める。
切った指や手が痒い。

ガリッ。

引っ掻いたら痛くなり、膝の傷を思い出した。
何とかしないと。






明音に迷惑をかけてしまったのではないかと思うと酷く胸が痛む。
自傷とも取れる行動に彼が走ってしまうには、きっとそれだけの理由があるはずだから。
小さな鍋に牛乳を注ぎ、火をかけた。
カップを取りに食器棚を開け、首を傾げる。
はて、こんなに棚が一杯になるほどのカップなんてあっただろうか。
他の器が何一つなく、小さな違和感が芽生えた。
それを掻き消すように牛乳が沸騰した。
慌ててかき混ぜ、砂糖を一摘まみ入れると火を消す。
カップにそれを注ぐ頃にはもう小さな違和感など既に意識の隅に追いやられていて、カップを片手にキッチンを出ようとしていた足を唐突に止めた。

「あ、」

包丁を取り出し、手首に押し当てた。

「忘れるとこだった」

つぅと一本の線が線と重なり、歪に手首を歪ます。
いつか彼が時折見せる悲しげな笑顔が嫌で無理矢理笑ったことがある。
次の日、彼の首には無数の指跡がついていて、手首の傷が怖いくらいに増えていた。
怖い、そう怖かったんだ。
一人になりたくなかった。
急に抱きついたら、引くかな。
嫌がるかな。
嫌われたくないな。
リビングにいるかな。
なんて考えながらカップを手に取った。



君となら何処までも落ちていけると信じてた愚かな僕。
不意に隣を見ると落下の衝撃に耐えきれなかった君が崩れ落ちていた。
脆く儚い断片を繋ぎ合わせては、刹那の夢に心を閉ざす。
目を開けた時、最初に見えるのが君の笑顔でありますように。



何度もころんで高すぎた階段をころがりおちてゆく


君が怖いというなら手を繋ぎ、抱き合いながら、唇すらも重ねてしまおう。

だから、どうか、行き着いた時は笑ってまた僕と一緒に登ってくれないだろうか。

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