以下、説明文

わたしとあなたがふたりっきりになることなんて全然なくて、いつもみんなと一緒にいた。

ふたりになるとしたら、コノハの新刊が出た時の本屋さんだとか、仙石くんとレミがいないときにやなぎくんが生徒会室へ来ることぐらい。前者は今までで2回、後者は今までで1回。


放課後の生徒会室にわたしたちふたりはいた。

さっきまではレミと仙石くんも居たのだけれど、やなぎくんを仙石くんが待っている間にジュースを買いにいってしまって、委員会がおそく終わったやなぎくんとすれ違いになってしまった。
…こんなこと前にもあった。



以下、会話文


「やなぎくん、くつろいでいていいのよ。もう少しで帰って来ると思うんだけど…」

「あ、はい」

「もう遅い時間だから、おなか空かない?よかったらストックしてあるお菓子があるんだけど食べようよ…あ、あった。スナック系のめんたいこ味とひねりあげとチョコレートプチシューとアールフォートがあるけど、なににする?」

「たくさんあるんですね。」

「そうね。チョコレートプチシューはおすすめかな」

「じゃあそれにしましょう」

「いいの?」

「はい、さくらの好きなものでいいですよ」


わたしの動きが止まってしまった。

ここでわたしが動きを止めないで「ありがとう、そうするわ」とか言っておけばこんなに沈黙にはならなかったのに、わたしのばか。いや、いきなり名前で呼び捨てにされたのが心臓に響きすぎてそれどころじゃない、やだ、どうしよう、この空気。

わたしはチョコレートプチシューを一番下にある棚から出そうとして、固まってしまった。

しゃがみながらうつむいているので、立っているやなぎくんに顔をみられていないだけましだ。


「いえ、あの、すみません、あのふたりがそう呼んでたのがうつったみたいで…あの、」

「あ、うん。そう、き気にしてないから気にしないで」




以下、不整脈



「     」



わたしが勇気をふりしぼって言ったたった3文字の言葉でわたしの世界は変わるかもしれない。変わらなかったらそれはそれでいいのだけれど、わたしは変わらせたかったからその3文字を言った。


こんなこと、わたしが言っても、なんて思うけれど、わたしもちょっとおかしかった。

ゆっくり流れていく時間と反比例しているわたしの心臓の音が、どうかやなぎくんの耳に聞こえませんように。
きっと、紳士なあなたは気がついても聞こえないふりをして、わたしに笑いかけてくれるから。


「井浦くんがそうやって呼んでくれているから、うつっちゃったのかもしれないですね」

「そうだね、お互いうつっちゃったね」


ほら、あたった。

わたしがそう思ったときには下を向いていたわたしの顔の近くにやなぎくんの顔があって、にこにこと笑いかけてくれていた。
外はもう薄暗くて、生徒会室のあかりが目立って見えてしまったらいやだなあ、はずかしいなあ、噂になったらいやだなあ、なんて考えるひまもなく、あなたの細い指がやさしくわたしの前髪にふれた。なでた。ふれた。少ししてからはなれた。


「すみません、つい」

「…うん」

「すごくかわいかったので」

「…うん」

「いやだったら、いやだって言ってください」

「…うん」


以下、感想文

わたし相手にやなぎくんの理性が飛んでくれたのかと思うと、うれしくて愛しくてうれしかった。

何してくれてもいいよ。
もっとなでてくれて構わないよ、うれしいよ。



誰もいらないよ

もうきみだけいればいいよ、なんてまだ言えない

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