知るべきことは全て知った | ナノ


 数歩先で歩く彼を見つけて、嬉しくなる。きっとこんな感情、彼は私に抱いていないのだろうな、と考えるとちょっとだけ寂しい、と思う。でも、考えないようにしなきゃ。頭を振って、思考を消してから、彼を追う。

「赤司君!おはよう」

 笑えてるかなぁ、そう思いながらも今できる精一杯の笑顔を彼に見せたら、彼もまたおはよう、と微笑んでくれた。よかった、いつも通り笑えたみたい。好きな人の前では、いつだって可愛く見られたいもんね。
 赤司君は私の学校のそれはそれは強いバスケットボール部のキャプテンをしている。癖の強い人ばかりを纏めているらしい赤司君は部活風景を見たことのない私でも純粋にすごいなぁ、と思った。ただ、私は彼が部活をしているところを見たことがない。何故だか赤司君は私を部活に来させたくないみたいだ。どうしてだろう、嫌われているのかな。
 長い足のおかげで一歩が大きい赤司君に私は必死に着いていく。今だって、歩くのがとっても早い。足早に学校に向かう赤司君の背中をみて、なんだか無性に寂しくなった。でも、私が寂しくなる資格なんて、どこにもない。私はただのクラスメート。さつきちゃんみたいにマネージャーやっているわけじゃない。彼女なんでわけでもない。身の程はわきまえている。
 それでもやっぱり、赤い髪の毛を揺らしながら歩く彼の背中をみて、また泣きそうになった。赤司くん、赤司くん。あなたの目に、やっぱり私は映ってませんか?口に出した言葉は空気中に吐き出されることなく私の体を巡った。

 昼休み、早々にでかけてしまった赤司君の机を見て、私はため息をついた。別に、接点なんてないし、約束なんてしていないけれど。ちょっと、いたら、声かけようとしていただけだけど。何度みてもいない赤司君の机をみて、またため息をつきながらお弁当を広げれば、私の前の席でガタガタと椅子を引く音が聞こえた。ちらりとみれば、後ろを向いて私の机にお弁当を広げる紫原君がいた。

「…えっ」

「ねぇねぇ、その卵焼きもらっていーい?」

 にこにこ、笑いかけてきた紫原君に私は思わず目が点になる。えっ、私こんなに紫原君と仲良かったの?確かに、たまに話したりお菓子あげたりするけど、おんなじ机で弁当を広げるような仲ではなかったはずだ。首を傾げれば、同じように紫原君も首を傾げてきた。…可愛い。
 卵焼きを掴んで、はい、って言ったらあーん、なんて可愛くおねだりするもんだからふふっと笑ってしまう。そのままあーん、と紫原君の口に運んだ。瞬間。

 ガシリ。

 箸を持つ右手首が思いっきり捕まれた。びっくりして、卵焼きが箸からつるりと転げ落ちる。卵焼きは机の上にべちゃり、と落ちた。

「あぁー!何するの、赤ちん!俺の…卵焼き…」

「紫原のじゃないだろ、ほら、緑間が呼んでたぞ」

 びくり、と体がはねる。赤ちん、彼がそう呼ぶのはただ一人、赤司君だけだ。ぶわわ、と顔が赤くなる。今わたし、赤司君に手首握られてる。ちょっと力強い、でも加減してくれてるような。考えれば考えるほど顔は赤くなっていく。自分でも分かって恥ずかしくなった。
 次は卵焼き食べさせてね、なんて無邪気に微笑む紫原君。そのまま立ち去ろうとするもんだから、空いている左手で服の裾をつかもうとした。まって!私、今の顔で赤司君のこと見れないから!二人きりにしないで!
 なのに、だ。捕まれている右手首をぐいっと引っ張られて、私はぽすりと赤司君の体に収まる。紫原君はばいばーい、と笑いながら手を振ってるし、赤司君の行動は意味分からないし、私はもう頭がパンクしそうだった。とりあえず、この体勢は心臓に悪い。
 私はちょっとだけ赤司君と距離をとり、向き合う。赤司君はじっと私のお弁当と紫原君のお弁当を見る。視線を移さないまま、口をゆっくり開いた。

「…紫原と付き合ってるの?」

 なんて。そんなこと無いのに、なんだか恥ずかしくなる。えっと、なんて言ったら赤司君はとてもあからさまにため息をついた。う、わ。恥ずかしい。
 知らなかった、邪魔してごめんね、なんて告げて赤司君は掴んでいた右手首を離した。そのまま背を向けて廊下に歩き出すから焦ってしまう。誤解を生んだかもしれない!
 …誤解?私はぴたりと立ち止まり、思案する。邪魔してごめん、って、邪魔?あれ?緑間くんと約束あるから伝言伝えに来たんじゃないの?ぐるぐる考えていれば、紫原君が教室に入ってきた。みどちん用事なんてないって言ってたじゃーん、なんて。え?
 私はまた赤い顔をさらに赤くしてしまう。その顔のまま廊下に出れば、赤司君はちょうど屋上に入るドアを開けていた。



「赤司君!」

 真っ直ぐに呼べば彼は驚いて振り返る。私が来ないと思ってたらしい。いつもと違い、ぱちりぱちりと瞬きをする赤司君はなんだかとっても別人に見えた。そのままズンズン赤司君の元へ歩いていく。
 真っ赤な顔はまだまだ赤くなる。赤司君を見上げれば心なしか、耳が赤かった。嬉しい。もしかして、もしかしたら、私とおんなじ気持ちだったりする?ねぇ、赤司君。

「わたし、紫原君と付き合ってないよ」

 赤司君はうそ、なんて言った。そんなことない、赤司君、聞いて。
 顔を赤くして、手で顔を覆って。いつもの赤司君じゃないみたいな彼に伝えれば、また右手首を捕まれた。じゃあなんで、あんなに仲いいの?バスケ部来ないでって言ったのに、と少しだけ辛そうに言葉を発した。ねぇ、赤司君。自惚れていい?私が好きだから、紫原君に見せたくなかったって、自惚れていい?

「赤司君、好きだよ」

 今度は遠慮なしにぐいって引っ張られる。そのままぎゅう、と抱きしめる赤司君の言葉に、また私は顔を赤くして笑った。



「…知ってるよ」




知るべきことは全て知った
企画『慈愛とうつつ』提出
120807 匕首/水瀬

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