小説 | ナノ





 京都の冬は寒い。私はいつもの足取りで、つい最近買ったブーツをならしながら河原町の駅を降りた。地下から地上にあがれば、冷たい空気とともに人に飲まれてしまった。なんとかして人の少ない方へと足を延ばすが、年末のせいだろうか。師走というのは、本当に名前の通り忙しないものだ。人と人の間に埋もれながらも、なんとか酸素を吸い込む。京都特有の刺すような冷たい空気が、私の喉に入ってきた。
 四条に来るのは久方ぶりだった。いつものごとく、通りは人でごった返していたが、高校周辺の空気とは違い、これはこれで心地が良かった。クリスマスシーズンというだけあって、カップルや家族連れが目立つ中、お気に入りのブーツを鳴らして歩く。
 お目当ての店が見えてきて、私は気分が高揚した。私もこのクリスマスシーズンに乗り、親しい友人へのプレゼントを買いにきたのだ。少し足を延ばしてみれば、京都は品ぞろえが豊富だ。可愛らしい店内に響くロックミュージックを聞きながら、プレゼントできそうなグッズを探す。そういえばあの子は最近疲れていたからアロマかな、とか、このキャラクターのグッズを集めていた子がいたな、とか。京都の学校に通い始めてから、時間がたつのが早い気がする。こうしてもう冬か、なんて考えると、すこしだけ寂しいような気もしたが、カゴに増えていくプレゼントを見て、心が温かくなるのが分かった。

 ふ、と。ぱっと顔を上げた先に、和風モチーフの赤いキーホルダーを見つけた。近づいて手に取ってみると、凜、と涼やかな音。…鈴だ。所々に施されたラメが、音を鳴らす度にリン、と鳴った。
 店内にあふれかえったクリスマスモチーフの商品とは違い、京都特有の、和をイメージしたそのキーホルダー。赤と緑が散らばる中だと、同じような色だからか、あまり目立ちはしないのだけど、それに強く惹かれた。手に取ると、その涼やかな音色は、心地よく耳をいやしてくれる。
 リン、リン、と鳴る度に、そのキーホルダーを見る度に、ふ、と思いだしたのは、話したことが数えるほどしかないクラスメイトの姿だった。まるでそのキーホルダーが、真っ赤な彼の髪の毛を揺らすように、ゆっくりとゆっくりと揺れた。目の中でキラキラ輝くそのキーホルダーを見て、どうして私が彼を思いだしたのかは、たぶん、友人が騒いでいたからだ。そういえば、誕生日が近いなんて、みんなが言っていた気がする。友人の情報源は、いったいどこからやってくるのだろうか、と関心したのが記憶に新しい。
 チリン、揺れるキーホルダーをそっと置いて、私はレジへと向かった。すべてのプレゼントを包装してもらい、ずっしりとした袋を抱えて、店を出た。

 店を出た頃には、ヒラヒラと白い雪が舞っていた。道路を白くさせる雪は、すぐに車にひかれてしまったが、それでもヒラヒラと降ってくる。せっかく市内に足をのばしたのだから、他にも回りたいところがあったのにな、とため息をつきながら、マフラーをまき直す。烏丸とか、久しぶりに…とは思ったものの、友人がいなければ面白くないことにも気づき、くるりと方向転換をした。鼻まですっぽりと入れて、寒さをしのぎながら、またお気に入りのブーツを鳴らした。雪を少し含んだアスファルトが、カツカツと鳴る。
 白い息を揺らしながら、私はバスに乗り込んだ。駅へと向かうそのバスは、いつ乗り込んでも人でいっぱいだった。入り口付近の整理券をビッ、と乱暴に抜き取り、人に揉まれながら、バスの奥へ奥へと向かう。椅子はいっぱいだったから、荷物を再度抱え込んでから、バランスを崩さないようにした。どうにかして手すりに捕まると、ちょうど私と同じように手すりに捕まる手。細くしなやかで、その腕の方へと顔を向ける。

「……、…君は、」
「…赤司くん?」

 なんと、つい先ほど思い出した、赤い髪を揺らす彼だった。私がいたことに驚いたのか、両の目をばっちりと見開き、こちらを見てくる。あんまりバスとか乗らなさそうなのに。私も私で、同じように目を見開く。赤司君の目、って、色が違うんだ。なんて初めて知った事に瞬きを繰り返した。
 彼が何か言おうとした瞬間、バスが大きく揺れた。思わず手すりから離してしまった私の手を、赤司くんはいとも簡単につかんで見せた。さすが運動部!なんて冷やかしそうになったが、大丈夫か、なんて顔色変えずに言った彼に、私はうんうんと顔を縦に振るしかなかった。
 そういえば、バスケ部の主将だったんだ。一年生で主将になるなんて、よっぽどプレイが上手いのかな、なんて考えたが、私は残念なことにバスケ部の見学や応援に行ったことがない。でも、サラサラと揺れた赤い髪の毛が、プレイ中の彼を想像させる。想像の中の彼も、現実の彼も、変わらずに絵になるな、なんて。
 また何かあったら大変だから、と言って、スッと私の体を人の波からかばってくれた。細いからなのか、あんまり大きい人には見えなかったのだが、赤司くんの腕の中にすっぽりと収まった私の体。今まであんまり話す人じゃなかったのに、急にこんなに密着してしまって、なんだか顔が熱くなる。男の人とはあんまり話さないからだ、心臓がバクバク言っているのを、どうにか聞かれないように、必死に話題を探した。

「あ、赤司くんはどこに行ってたん?」
「僕?鴨川だよ。鴨川の河川敷にね」
「わ、赤司くんっぽい」

 率直な感想を言えば、赤司くんは、ははっ、と笑い出した。彼が笑うのは珍しくってなんだか余計に恥ずかしくなる。そんなに面白いこと言った覚えはないんだけどな。赤くなる顔を必死に押さえていれば、赤司くんも「名字さんはどこにいってたの?」と聞いてきたので、私は買ったばかりのプレゼントが入った袋を見せながら、笑って見せた。袋にメリークリスマスという文字が入っていたので、すぐに理解したらしい彼は、ああ、と頷いた。
 彼の笑う顔で、ふ、と頭をよぎったのがさっきのリンとした音だった。彼のような鈴。リン、リン、と頭の中を響く。彼から伝わる心臓の音も、どこか凛とした綺麗な音だった。もしかしなくても、やっぱりあの鈴は、彼と酷似している。
 雰囲気、だ。彼の纏う空気と、あの鈴の音は、綺麗に私の頭の中で重なった。もはや彼を表すようなあの鈴のキーホルダーは、彼が持っておくべきなのだと。
 ぐいっと服を引っ張ると、彼の驚いた顔が眼前に広がる。袋の中からは、本当はさっき買った、渡せないくせに買ってしまった鈴が、リンリンと音を奏でた。驚くかもしれないし、引かれるかもしれないし。それでも渡しておきたかったキーホルダーは、彼の心臓を大きく揺らした、気がした。

「…メリークリスマス」

 敢えて、誕生日とは言わなかった。このシーズンに便乗することで、言えると、渡せると思ったから。さっき以上に目を丸くさせた彼に、押しつけるようにして手渡す。
 包装されたプレゼントから、凛々鈴が鳴る。その鈴と同じくらい、私の心臓も、洋服越しから伝わる彼の心臓も、うるさいくらいに鳴り響く。話したことも数えるほどしかないのに、プレゼントなんて気持ち悪いかもしれない。とか、思ってしまったけど、彼の細い腕がプレゼントに伸びた。鈴、凜、淋。響くその音は彼の手中に入っていった。
 チリリン、変わらずになる音は、赤司くんによく似合っていた。何も言わずに受け取ってくれたことに、ほっと胸をなで下ろせば、赤司くんはふっと笑った。それから耳元に形のいい唇を持ってきて、ふう、なま暖かい彼の二酸化炭素が耳たぶにかかって、心臓がまた跳ねた。

「…クリスマスじゃなくて、誕生日プレゼントとして貰っておくよ」
「え、」
「知っていたんだろう?」

 意地が悪そうに笑う彼に、またドキドキと心臓が跳ねた。知っていたんだろう、なんて、こっちの台詞だよ。私が赤司くんの事見てたこと、知っていたくせに。ずるい人だなぁって思ったけど、彼の携帯についたキーホルダーを見てしまえば、そんな気持ちもどこかに消えた。どうせ知っているのなら、正直に誕生日プレゼントとして渡せばよかった。
 ガタガタと揺れるバスの中、即席の誕生日プレゼントでごめんね、なんて少し口を尖らせて言えば、赤司くんはまた笑った。とても綺麗な顔立ちをしている赤司くんは、赤い髪を揺らして、両の目を細めて、彼は大変綺麗に笑う。
 そしてまた、私の耳元に近づいて、今度は特別、甘ったるいゆったりした声でささやいた。それはもう、とびっきりの、声。

「これだけで今は、充分」

 チリリン、チリリン。彼のつけたキーホルダーが鳴ると同時に、バスのアナウンスが鳴った。今は、の部分がやけに強調したその言葉は、人が続々降りていく中でかき消されていった。赤司くんは私から離れて、手を差し出してきた。訳が分からないまま、促されるようにその手を重ねれば、赤司くんはまた綺麗に笑った。



121220 Happy Birthday!