小説 | ナノ





22:34
ちょっとだけ、会えないかなって、電話口で呟くように言ってみる。明日も学校で会えるし赤司は部活で疲れているだろうから、これは完全にわたしの我侭だ。断られてもしょうがない、と駄目元でお誘いをしてみたんだけどそんなわたしの心配も他所に彼は珍しいねと笑ってから『いいよ、会おうか』と言ってくれて、思わず携帯を持つ手が震えた。ただし、夜も更けてきてわたし1人で出歩かせるのは危ないから、と言って赤司が迎えに来てくれるという条件つきになってしまったのだけど。わたしから誘っておいて、しかも赤司の住む寮と正反対の場所にある我が家まで迎えに来させるなんて図々しくてすごく申し訳ないんだけども、しかし、夜道が怖いこともまた事実で、しおらしく『お願いします』と彼には見えないだろうけどその場で頭を下げてみた。伝わらないか。


23:08
夜は一層寒いだろうから、何枚も服を着こんでもこもこしたベージュ色のダッフルコートを羽織る。マフラーをぐるぐる首に巻いてから、手袋は・・・見当たらないからまあいいや。ショルダーバッグにお財布と、カーマイン色のリボンがついた包みを大事にしまいこんで、携帯と家の鍵はポケットにつっこんでおく。
夜だからあまり見えないだろうとは思いつつも鏡の前で髪形を気にしてみたり。出来の悪い顔がだらしなく緩みっぱなしで我ながらきもちわるいな、なんて苦笑していたらポケットの中で携帯が震えた。


「もしもし」
『着いたよ』
「ん!いまいく!」


慌てて階段を降りて、リビングでイケメンばかり出演してるドラマに夢中なお母さんにちょっと出かけてくるねと声をかける。母曰くイケメンでもみてないとやってられないらしい。毎日、家のことしてくれてありがとうね。でもだからってみかん食べ過ぎないでよ!わたしの分も残しておいてよね、お願いだから。

ムートンブーツに足をつっこんでドアを体全体で押すように開けると、冷たい空気がわたしを包む。顔中に冷えピタを貼られたみたいだ、とばかなことを考えながらポケットに両手を突っ込んで、少し駆け足で家の前で白い息を吐き出してる赤司にタックルするようにくっついた。(『猪かと思ったよ』)(『失礼な!』)


「ごめんね、わざわざうちまで迎えに来てもらっちゃって」
「構わないよ、僕がしたいからそうしただけだしね」
「いけめん」
「知ってる」


23:17
他愛のない話をしながらどちらからともなく歩き出して、そんでもって成り行きで学校の帰りによく立ち寄る公園に向かうことになった。赤司に告白されたのも、初めてのキスも、その公園でだったりするから、わたしとしてはすごく大切っていうか思い出いっぱいの場所である。もし万が一赤司と恋人同士でなくなることがあったら、わたしは絶対あの公園に近づけなくなると思うんだって彼に話したら『そんなことはないから安心しなよ』と微笑まれて心臓破裂して死ぬかと思ったのもその公園・・・ってもう公園のことはいいか。

ポケットに手を突っ込んだまま家の鍵を指先でちゃりちゃりと鳴らしながら歩いていたら転ぶといけないから手をだしておけ、と咎められた。あなたはわたしのオカンですか、と思いながら『自分だってぽっけに手いれてるじゃん!』と反論すると僕はお前と違ってヘマはしないんだ、と言われて口を噤むしかなかった。そりゃ、そうだけどさ。赤司が転ぶところとか想像出来ないけどさ!でも寒いものは寒いんだもん、手袋してないし。口を尖らせながら依然ポケットにいれたままの手をきゅっと固く結ぶと、平凡な顔に傷がついたらどうするんだと心配されているのか貶されているのか分からない言葉をかけられた。ちくしょう、自分は出来がいいからって、ちくしょう。


「あんまりだ」
「どうして?いいじゃないか、平凡でも。僕がすきなんだから」
「・・・すき?」
「ああ、好きだよ。だから傷がついたら嫌なんだ」
「そ、そっか・・・」
「それに、寒いなら僕と手を繋げばいいんじゃないか?」
「! っつ、つなぐ!」


正直、ずーっと手を繋ぎたくてしょうがなかったのだ。多分、わたしがそう思っていたのなんて赤司にはばればれなんだろうけど、なかなか恥ずかしくて言い出せないのが乙女のさがなのだ!
はい、と差し出された赤司の左手に、わたしも慌ててポケットに仕舞っていた手をだして取り敢えず指先の方をそおっと握ってみた、恥ずかしかったから。それなのに赤司くんちの征十郎くんときたらあっという間にわたしの指を絡めとって、気付けば恋人繋ぎが完成していた。ぎゅうと絡んだ指先は、決して温かくはないのに(寧ろ赤司はびっくりするほど冷たい)、不思議と寒さは感じなくなった。なんだ、赤司マジックか。・・・ていうか、いますごくわたしたちいちゃいちゃしてないか。状況を理解した途端じわじわと嬉しさが胸に広がって、思わず笑みが零れる口元をマフラーで隠してみたけど、どうせこれも赤司にはばれてるんだろうな。


「(…手袋、つけてこなくてよかった)」


やっぱり好きな人には、直接触れていたい。


23:31
「あ、赤司、なんかあったかい飲み物買おう」
「そうだね」
「赤司なにのむ?わたしおごるよ!」
「・・・お前の口から奢るなんて言葉が出てくるとは」
「し、失礼な!」


普段はわたしがいくら払うと言ったって『僕の言うことは絶対だ』みたいな禍々しいオーラに負けて赤司に奢ってもらったり、割り勘をすることが多かったから、せめて今日ぐらいはわたしに奢らせてほしい。飲み物ひとつ買ったぐらいじゃとても日頃のお返しを出来ているとは思わないけど、なにもしないよりはましだ。赤司の手を引っ張るように自販機の前まで行って、ううん。なに買おうかな。


「赤司はねー・・・これでしょ!飲むプリン!」
「本気で言ってるなら別れることも視野に入れようかな」
「うわああああうそ!嘘です!コーヒーだよね!大人だもんね!知ってるよ!!」


別れるだなんて、冗談でも心臓に悪い。からかわれていることは百も承知だけど、100円玉を投入口にいれる手が震えるほどには動揺した。そんなわたしをみて赤司は呑気に笑っていらっしゃったけど、正直わたしは笑えないんだからな!
がこん、と落ちてきたコーヒーを赤司に渡して、それから自分のカフェオレを両手で包むとじんわりと手のひらに熱さが伝わっていく感覚にほっと息を吐く、あったかい。こういうあったかい飲み物って飲むというよりカイロ代わりにしてしまうものだから、飲む頃にはだいぶぬるくなっちゃうんだよね。まあ猫舌のわたしとしてはぬるい方が飲みやすいんだけれど。ぼうっとそんなことを考えながら両の手の平でカフェオレの入ったペットボトルをころころと転がしていると、なんとなく隣から視線を感じた。・・・あれ、わたしもしかして買うの間違っちゃったかな、コーヒーじゃなくてお茶の方がよかったのかな!そんな不安を抱えつつちらりと隣を見やると、やっぱり赤司がじっとわたしを見つめていた。


「・・・あ、赤司?」
「・・・もう、僕の手は用なしかな?」
「えっ」
「手。もう、繋がなくていいのか?」
「・・・っ!用ありです、繋ぎたいです!」


吃驚した、赤司がそんなこと言うと思ってなかった。可愛い。赤司が可愛い。
・・・こ、こんなペットボトルじゃあわたしの手はあっためられても心まではあっためられないんですよ!お願いです、もう一度手を繋ぎましょう征十郎くん!慌てて左手にペットボトルを持ち替えて、お前は引っ込んでろと言わんばかりにそのままポケットに押し込んだ。それからもう一回手を繋いでくださいと手を差し出すと満足そうに笑った赤司がわたしの手をとって、また指と指が絡む。恋人繋ぎってすごくいい響きだ、と弛む頬を抑えながら思った。


23:38
公園に着いていつも座るベンチに腰を下ろしたものの、冬空の冷気に晒されたそれは吃驚するぐらい冷たくて、思わずおしりを浮かせてしまった。ちょっとこれ、冷たすぎやしないか。ねえ赤司!と同意を求めるように彼の方を向いたんだけど、わたしの彼氏はそんなこと気にしていないようで、すましたお顔でコーヒーを啜っていた。流石だ。でもそれが、なんだか縁側でお茶を啜るおじいちゃんのように見えるんだけど、口には出さないで黙っておこう。怒られそう。


「それで、わざわざこんな夜中に呼び出した理由は教えてもらえるんだよね?」
「・・・わ、わかってるくせに」
「さあ?検討もつかないな」


戯けたようにそう言って肩を竦めてみせる赤司は酷く意地の悪い顔をしていた。(こいつぅ・・・!)赤司がわからないわけがないのに、とじっと睨み付けても彼は微笑みを浮かべてわたしの言葉を待つだけだ。くそう・・・観念したように浮かせていたおしりをゆっくりと降ろした、まじ冷たい。はあ、と白い息を吐き出しながら手の中でカフェオレのペットボトルを弄っていると『名前、』と静かに、だけどわたしの言葉を促すような優しい声色で名前をよばれた。その声が好きすぎて、時折どうしようもなく泣きそうになることを、彼は知っているだろうか。


「・・・そんなの、」


呼び出した理由だなんてそんなの、直接、彼の目をみておめでとうって言いたいからに決まってる。
はじめは電話でいいやって思っていたのに、赤司との思い出をあれこれ思い出していたらやっぱり機械越しなんていやだっていう結論に至ってしまった。我侭を言ってることはわかってる。時間を持て余すわたしと違って、毎日部活で忙しい彼は普段だったらもうすぐ寝る時間なはずだろうに、それをわたしが邪魔してるってのもわかってる。でもどうしても直接祝いたかったんだもん、ごめんね、赤司。


「そんなの?」
「す、すきだから・・・」
「好きだから?」
「すきだから、その、」
「好きだから、僕が誕生日を迎える瞬間を一緒に過ごしたいなんて、思ってくれてるのかな?」
「・・・やっぱりわかってるんじゃん、もうやだ」


名前のことならなんでもわかるよ、と微笑む顔だって、むかつくぐらいかっこよくて、もうなんかいやだ。どう思われるかなんて気にする気持ちも、恥ずかしい気持ちも全部投げ出して抱き着いて大声で大好きだと叫んでしまいたい衝動に駆られる。絶対出来ないけど。


「いじわる」
「すまない。君の困ってる顔が存外好きなものでね」


わたしは赤司の笑ってる顔がすきだよ、とは言い出せずにごくりと嚥下して胃袋に隠した。はあ、その笑顔を向けられるのが、わたしだけだったらいいのに。


23:47
「さて、あと少しであなたはひとつ歳をとるわけですけれども、お気持ちはいかがですか!」
「どうもこうもないだろう。ひとつ死に近づくくらいじゃないか」
「そう死にね、ちかづ・・・えっ!?死!?」


なんて夢のない!お前まじで同じ高校生か!身分偽ってないか!!
いやさ、そういうこと聞いたんじゃなくてなんか目標とかさ、抱負とかさ、そういうことを聞きたかったんだけど・・・いや、なんか赤司らしいっていえば赤司らしいんだけどさ、そんな赤司も好きなんだけどさあ!あまりの衝撃に『そ、そっか・・・』なんて間抜けな返事しか出来なくて、ひとりでおろおろとしていると赤司が小さな声でぽつりと呟いた。でも、おかしいな、って。


「誕生日なんて、正直僕にはどうでもよかったんだ」
「えっ」
「勿論、両親には生んでくれたことを感謝しているよ。だけど、それだけだろう?何故生まれた本人が喜ぶ?年をとるだけじゃないか。それに僕には欲しいものなんてなかったから、誕生日ではしゃぐ奴らを僕はどうにも理解出来なかったんだ」


一生理解出来ないと思っていたんだけれどね。
ハテナを浮かべてきょとんとするわたしの腰に手を廻した赤司はそのままぐっと引き寄せてきて、忽ちにわたしたちの距離はゼロになる。こめかみに口付けた赤司はそのまま髪に鼻を差し込むように擦り寄ってきて、一気に体温があがった体は緊張と嬉しさで震える。思わずペットボトルを強く握ってしまったせいでべこ、とプラスチックがへこむ間抜けな音が手元から聞こえてもわたしはただ瞬きをぱちぱちと繰り返すだけで、それをみた赤司が可笑しそうに笑っても何も言い返せなかった。


「お前と付き合うことになってから、誕生日が近づくにつれて落ち着きをなくす自分に気付いたときは心底驚いたよ」


一番に祝ってほしい人、ずっと傍にいてほしい人、どうしても欲しいもの。いまは、あるよ。それだけで随分と誕生日の在り方というのは変わるものなんだね。

知らなかったよ、と指先で手の甲をやさしく撫でられながらそんなことを耳元で囁かれてしまえば、できの悪いわたしの頭はいとも容易くクラッシュした。そんな状態の頭じゃ、正直赤司が言ってることを理解出来ているかわからないけど(ごめん)、兎に角赤司にとって今回の誕生日はどうでもいいものじゃなくなったっていう解釈でいいの?そ、その、・・・わたしがいたから、どうでもよくなくなった、ってことで、いいの、かな。・・・そうだとすれば、わたしは嬉しくてどうにかなりそうだ。今ならなんでも出来そうな気がするよ。
目眩に似た感覚に苛まれながら震える手で赤司の手を掴まえてぎゅう、と握る。すき、か細い声でそう呟いた声は果たして彼に届いたかな。


23:56
暫くお互い黙ったままだった。赤司にぴったりと寄り添って彼の首の辺りに頭を預けている状態でわたしは心臓をばくばく言わせながらひとり、泣きそうになっていた。赤司はただそんなわたしの髪を優しく撫でるだけ。もう少しで日付が変わって、おめでとうって言わなきゃいけないのに、今口を開いたら確実に祝いの言葉より先に涙と嗚咽が出てしまいそうだ。泣きながら誕生日おめでとうって言うの、なんかすごくかっこわるいからいやだなあと思いながら首筋に鼻を摺り寄せた。


23:59
「・・・あ、あか、し」
「・・・なんだ」
「も、すぐ変わるよ」
「・・・そうだね」


どきどきする。くっつけていた体を少しだけ離して、手を握ったまま彼に向き合う。どくんどくんと鳴る心臓の音は赤司に聞こえてやいないだろうか。・・・言わなきゃ、ちゃんと、言わなきゃ。頭の中で予行練習だってしたんだから言える。やれる。うん、やろう、やるのよ名前!


「あ、あの、ね」
「うん?」
「あの、赤司と出会えて、こうやって手とか繋げるような関係になれたの、嬉しいの、すっごく」
「ああ」
「迷惑かけてばっかだし、性格も顔も中途半端ってか下の上ってかんじで、あんまり、赤司にふさわしい彼女かといわれると自信ないんだけどね、」
「・・・」
「でも、赤司を支えられるっていうか、赤司を癒せるような・・・・・・そ、そうだ、オアシス!赤司のオアシスのような彼女になれるようにがんばる、から、その、これからもよろしく、おねがいしま・・・す・・・(ちょっと待てオアシスな彼女ってなんだ!)」
「オアシスのような彼女・・・・・・」
「っちょ、ちょっと笑わないでよ!頑張ったのに!」


そんな笑わなくてもいいじゃん!わたしだってやっちまったって思ったけど・・・ってあーもう!日付変わる!すき!意地悪な赤司もすきだよ!うわーん!


0:00
「おっおだんじょうび、おべでどぉ・・・!」
「ああ、ありがとう、泣き虫」


だめでした、やっぱり号泣でした、ごめん。
めでたいはずの赤司の誕生日を恥ずかしい台詞(オアシスのような彼女)と涙で祝うわたしは彼女失格じゃなかろうか、ばかか。あほか。ぎゅっと真正面から抱き締めてくれた赤司の胸でえぐえぐと泣くわたしを、彼は子供をあやす様に髪を撫でながら『まあ、オアシスはいつだって水で溢れているからね。そういう点からすると泣き虫なお前はオアシスな彼女に相応しいかもしれない』とフォローになってないような言葉でわたしを慰めて笑う。


「そういうお前の馬鹿で愚かなところに僕は救われているよ」
「あんまりうれじくないぃ・・・」


0:09
「落ち着いたか?」
「うん、・・・なんか、ほんとごめん」
「慣れっこさ」


漸く涙も引っ込んで呼吸も整ったところで取り敢えず先ほどの失態を詫びる。ほんとすいませんでした。
あーもう、こんなはずじゃなかったんだけどなあ。わたしの理想としては日頃の感謝を伝えて自分なりの精一杯の乙女の部分を発揮した態度と笑顔でプレゼントを渡して赤司に喜んでもらおうってプランのはずだったんだけど。予定はいつだってうまくいかないものだ。はあ、いま5割増しくらいで不細工なんだろうなあ、と鼻を啜りながら考えつつショルダーバッグに手を突っ込む。中からプレゼントを取り出して、赤司の胸に押し付けるようにして渡すと随分驚いた顔をされてわたしもびっくり。


「プレゼント、用意してたのか」
「っも、もちろんだよ!」
「そうか。・・・開けてもいいかな」
「えっと・・・うん、いいよ」


気に入ってもらえないかもしれないなあ、と赤司の綺麗な指先がリボンを解く様をみながらぼんやりと思う、かなり今更だけど。恥ずかしながら、彼女という立場でありながら赤司の欲しいものがわからなかったもので悩みに悩んだ末にこのプレゼントをチョイスしたですけれども。


「・・・マフラー?」
「う、うん」
「・・・手作りか」
「・・・いち、おう。名前さんが夜鍋をして編んでみました」


アクセサリーはあまりつけないだろうし、バスケ関連のものはよく分からないしそれにいやってほど持ってるだろうし。だから、寒がりな赤司に防寒グッズを!と思って。本当はね、バーバリーのマフラーとかあげたかったんだけどね、学生にはちょっと手の届かない値段で絶望したのなんのって。だから不器用代表のわたしによる手作りマフラーっていう罰ゲームに近い贈り物になっちゃったんだ、申し訳ない。あっもちろん愛情は篭ってるよ!だから所々に見える糸のほつれには目を瞑ってほしい!・・・というか、赤司さんマフラーを手に持ったままじっと固まっていらっしゃるんですけど!(えっえっ)不安になってそうっと顔を覗き込んでみるけど、その表情からは彼の心情を窺えそうにない。・・・や、やっぱりちゃんとしたの買えばよかった、かも。あんまり嬉しそうな感じには見えないし、しまった。やっちまった。


「・・・」
「ご、ごめんね、こんなのもらっても嬉しくないよね!要らなかったらわたしが使うから、」
「・・・」
「赤司・・・?」
「・・・要るよ」
「え?」
「要る、ありがとう。大切に使わせてもらうよ」


・・・わたしの目は節穴かもしれない、ただのお飾りかもしれない。あげた本人が言うのもなんだけど、赤司、すごい喜んでくれてる。だって、口元を手で押さえて嬉しそうに目を伏せる赤司をわたしは今まで見たことがない。薄紅をさしたようなほっぺの赤司、見たことないよ。ああああもう!勘弁してほしい、また泣いてしまいそうだ。


「・・・あの、巻きましょうか、それ」
「・・・ああ、お願いするよ」


赤司の手から受け取ったマフラーを、お洒落なマフラーの巻き方とか知らないからぐるぐるとまいて首の後ろで軽く結ぶようなやり方で巻いてあげる。赤司に似合うと思って選んだ臙脂色の毛糸で編んだマフラー。うん、やっぱり思った通りだ、似合う!ふふ、と笑いながらマフラーに顔を埋める赤司が可愛くてかっこよくて、つられて満面の笑みを浮かべた拍子にわたしの目から涙がぽろっと一粒落ちた。


「赤司、似合ってるよ、かっこいい!すき!」
「嬉しいけれど、いい加減泣くのやめなよ」
「ごめん!」


0:42
「帰りたくないぃ・・・」
「駄々をこねるな。明日・・・じゃないな、もう数時間後か。また会えるだろう」
「そうだけどさあ・・・」


明日は普通に学校があるし、なにより赤司は朝早くから練習があるわけだからいい加減帰らないとまずいのは分かっているんだけど、でもやっぱりもっと赤司といたい気持ちが強くて彼のコートを掴む手を離せない。公園から帰って来たものの、うちんちの前で子供のように駄々をこねてからもう10分程経つ。


「そんな顔するな、・・・僕まで帰りたくなくなる」
「うう、赤司ぃ」
「僕だってお前といたいんだよ、分かるね?」
「うん・・・」


困ったように笑ってわたしの頭を撫でる赤司の手に甘えるように顔を摺り寄せる。会えるってわかっても、寂しいものは寂しいんだ。いま、一緒にいたいんだもん。唇を尖らせながら距離を縮めて赤司の胸にこてんと頭を預けると可愛い、という言葉ととも耳を甘噛みされて、その刺激に飛び跳ねた体を掴まえるように抱き締められる。


「お前はさっき僕の彼女に相応しくないと言ったね」
「うん・・・?」
「それは違うな。僕はお前が彼女でいてくれて嬉しいよ」
「・・・ほんと?」
「ああ。今のままの名前が好きだ」


お前はなにも心配しなくていいし、なにひとつ気に病むことはない。お前は僕の隣で、いつも通りばかなことを言って笑っていてくれればいいんだ。お前を悲しませるものは僕が全部取り除いてあげる。だから涙を流す必要はないよ。

まあどうせ、嬉しいとお前はまた泣くのだろうけど。
そんな告白をつらつらと耳元で囁かれてわたしが生きていられると思ったのか赤司!死ぬぞ!幸せすぎて死ぬぞ!うおおおおと、図太い、乙女からかけ離れたような声をあげながら赤司に縋りつくように抱きついた。


「今のままでいいの?ほんとに?」
「僕が言うんだから間違いないよ。いままで僕が間違ったことがあったか?」
「ない、です!」
「そうだろう」


やだもうお母さんわたしこの人と結婚するう、なんてばかなことを考えながら涙を流さないように唇を噛み締めていたのに、そんなわたしの顔をそっとあげさせた赤司がすごく優しい顔で笑ってキスをしてくるもんだから、これは泣かずにはいられないだろう。赤司をすきーって気持ちが涙と一緒に溢れてとまらない。明日わたしの目はぱんぱんだろうよ。


「・・・お誕生日おめでと、生まれてきてくれてありがとう・・・・・・す、すき」
「ありがとう、名前」


馬鹿なお前でも、愛してるよ。
優しい手つきでわたしの目元を拭う赤司が、涙のせいかな、なんだかきらきらしてみえる。色の違う双瞳がゆっくり近づいてくるのを確認してから静かに瞼を下ろした。

わたしの存在も赤司の世界できらきらしていればいいのにな。それで、赤司がもし迷うようなことがあったらわたしを見つけて、頼ってもらえるような人になりたいと切に願う。(やっぱりオアシスな彼女になりたいな!)
そうしてこれからも隣で、泣きながら君の生まれたこの日を祝いたい。