小説 | ナノ





征十郎のソファは黒い革ばりで私はそこから見る天井が好きだった。彼の家は居心地がよくてキッチンだって毛の長い絨毯だってよく水の掃けるバスルームだって好きだけれど一番はやっぱりそこなのだ。それは使っている期間が長いのがずいぶん味がでていた。綺麗な黒ではない。ぬるりとした黒が浸るソファは征十郎のつけている淡い香水の匂いがする。この家で征十郎を待つ時は決まってソファに寝転がった。天井にある黒い染みが征十郎が私を見ているようで彼が近くにいるような気がするので私はそれがとても好きだ。

「また見ているのかい?」
「征十郎…?いつ帰ってきたの?」
「ついさっきだよ」

ご飯の用意をしなくてはとソファから起きて私はおかえりなさいと一声かける。「ああ、ただいま」ゆるりと微笑んだままネクタイを緩める動作をする征十郎に少しだけときめいたのは秘密だ。準備している間きっとテレビでも見るだろうと電源を入れ私はソファから立ち上がる。しかしネクタイを外し終えた征十郎がそれを止めた。

「そんなに急がなくてもいいだろう」
「でも、おなかすいてるでしょう?」
「その前に少しゆっくりしたいんだ」

ソファは私と征十郎の重みをしっかりと受け止めて少し沈む。2人が座っても広いのに征十郎は私の方へと距離を詰めてきた。狭いよ征十郎。そう口にするも何も言わない彼に私はふうと溜息を漏らす。その溜息にはわたしの幸せが大量に含まれていたのではないだろうか、吐いた後がやけに甘かった。

「なにか言うことはないのかい?」

不敵に微笑むこの顔が私は好きだった。なんでも知っていると言いたげな彼に私はいつも思っていることを言ってしまう。今日が終わるまで言わないでおこうと思っていたこの言葉も、そう。黒い染みを見上げて私は征十郎とを見比べる。やっぱり征十郎とあれは似ていると思った。人に言わせてしまうような思わず目につく雰囲気に人柄が。

「…お誕生日おめでとう。これからも、これから先もずっと一緒にいたいって思ってる。生まれてきてくれてありがとう」

まったく、言うのが遅すぎる上に殺し文句にも程があるね。鋭い目で見られた後に征十郎は肩に手を添えてゆっくりと私を倒す。倒れたとき、一瞬だけだけれどソファから征十郎の匂いがした。ふんわりと薫ってから本物の征十郎の匂いが首元に近づく。いつもより深く薫るそれにくらりとして耐えるよう目線の先にいる黒い染みを見つめた。

「きみを貰ってもいいかな」

疑問符のない言葉は黒いソファに染み込んでいった。あの染みが優しく笑っている様な気がした。