小説 | ナノ





 京都言えば紅葉だと思う。真っ赤に染まった紅葉が落ちる度に歴史がはかなく消えていくのだと思うと、どこかセンチメンタルだ。平清盛が日本を治めることも、豊臣秀吉が世界を狙い朝鮮へ攻め込んだことも、徳川家康がこの京都の地を見捨てなかったことも、すべては結局、この紅葉のように栄え、そして衰退しては滅んでいく。紅葉の赤はそんな意味を持つと私は考えてしまうのだ。嵐山の紅葉は綺麗だけれど、どこか悲しく見えるのはその所為かもしれない。
 紅葉と言えば彼の頭も紅葉色だ。真っ赤な、真っ赤な髪の色をした赤司くんというクラスメイトだ。帰り道、用水路で流れる紅葉を見る度に彼の髪の毛の色がふと浮かぶ。紅葉は悲しい。赤司くんは紅葉みたい。なら赤司くんは悲しいのだろうか。そんなまさか。彼は幸せな人だと思う。成績もスポーツも何をしたって一番なのだから。凄いなあと思いながら私は紅葉の木を見つめる。きっと彼は幸せなのだろう。そう私はふと浮かんだ考えを消した。

「赤司くんのこと気になるの?」

 学校でそんな事を言われた。気になってなんかないよ。私はすぐに否定したけれどやっぱり目で追っている。背筋が伸びていて、目は真っ直ぐ何かをとらえ、そして歩く姿は堂々としていた。どこかの殿様みたいなんて思った。だってバスケ部の人が後ろに列を成しているもの。何処か大名行列を思い出して笑い出してしまった。あの人、なんだかおかしい。多分人離れした何かが私の“おかしい”と思う部分につながっているのだと思う。彼は次どんな事をしてくれるのだろう。わくわくする自分がいた。
 そんな私は偶然実渕先輩に用があってバスケ部の体育館にお邪魔することになった。ただ委員会の提出物を出すだけなのだけれど、委員会の顧問が催促してくるので行かざる終えなかった。ついでに赤司くんも見よう。体育館のドアを開けると目の前に赤司くんがいた。

「何か用でもあるのかい?」

「実渕先輩を……お願いします。」

要件も伝えるべきだと思い、委員会の件だと言おうとした。けれどそれより前に彼は実渕先輩を呼んだ。私の名前を嬉しそうに呼んだ実渕先輩に私はひどく安心した。あの時の真っ赤な目が私の背筋を一瞬して凍らせた。怖い、はっきりとした感情が心に巣食って私の心臓を食べる。美味しくなんか、ないのに。「怖かったです実渕先輩……!」「あらあら、本当に怖かったのね」。背中を実渕先輩に擦って貰うと安心した。そして委員会の用事を済ませた後、私は実渕先輩に愚痴をこぼす。

「最初赤司くんの事、何処かの殿様なんじゃないかって思ってたんですけど……もう……ただの恐怖政じっ!」

「練習の邪魔して僕のことそんな風に言うの?」

鋭い目が私を指した。どうしようと実渕先輩の服をぎゅっと握るけど、実渕先輩は「征ちゃんこの子ね〜」なんて油を注いでいる。「へえ、僕に逆らうの?」「おもしろいなって思っただけです…あっ!」。口に出してしまった。私はばっと口元抑えたが彼の耳にはしっかり入ったらしい。怖い笑みを深めている。あの、噂のはさみが来るのかな。嫌だな。でも生で見たら噴きだしそうだけど。そんな事よりも! 結局私はどうしたらいいんだろう。ふいに何かがふれて体がきゅうと小さくなる。怖い。

「ねえ、君はどうして僕を怖がるの?」

「あの、目が真っ直ぐで。」

彼の目は真っ直ぐで、私の全てを透かして見られているような感覚がするのだ。それが怖いのだ。「ふうん。じゃあこうすればいいの?」。そういって目を覆った赤司くんに私は驚いたのだ。「あらら征ちゃんったら」。実渕先輩が笑った。実渕先輩は何かを知っている。そんな気がした。きっと尋ねても答えを教えてくれないのも同時にわかったから聞かなかったけれど。「やっぱり大、丈夫です」。そう私が言うと目を覆っていた手を外した。その時真っ直ぐではなく彼の目は揺らいでいた。

「僕は君が知りたいんだ、」

悲しげに彼は言った。どうして彼が悲しげにそう言ったのか私には全くもって理解できなかった。一度目があった。彼の奥の何かが私の心の奥を動かした。「どうして、ですか」「わからない」。彼にもわからない者があるらしい。きっと私にはもっとわからないものだ。
 後日彼に呼び出されて告白を受けるまで、私は彼の悲しみの理由が全く分からなかった。ただ彼は純粋過ぎたからわからなくなってしまったのだと。やっぱり紅葉のような彼は悲しい人なのですね。知っていますか、上に立つものほど真っ白い恋をしていることを。
奥山に 紅葉踏み分け 鳴く鹿の 声聞く時ぞ 秋は悲しき。そして私の心も神のまにまに。お後がよろしいようで。