小説 | ナノ





 私は何時も個性というものが主張出来ません。昔は見知らぬ他人に話す事さえできなくて、心臓が壊れるのではないかとなるくらいに取り乱してしまいました。
 勉強。それ以外に私には、取り柄というものがありません。だからそれに縋り付くしか出来ないのです。私は、勉強という逃げ道に逃げるしか、落ち着く事など出来ないのです。
 そんな可哀相だと言われる私を両親は、個性が無いと言います。ある意味、その反応は当たり前かもしれません。私はただ両親に逆らわずに、両親が喜ぶような、理想の子供になった結果なはずなのに。

 私は自分の事を、偽果だと思うのです。果実になるはずではないところが、成長していき果実になるのです。偽物の様だとも思います。


「ねえ、名前」


 私の頬を撫でながら赤司くんは話し掛けます。赤司くんのその行為には特別な好意というものは、含まれてません。
 何度目かのそれに慣れている私は、一度走らせていたペンを止めて赤司くんを見ました。彼は微笑んでいました。
 彼の目には、いつもの劣情も混ざりあい、こちらをじいっ、と見つめていました。この後にはきっと彼に身体が暴かれているのでしょう。赤司くんとのそれはずっと前から続いています。自分からはじめたのか、赤司くんからはじめたのかはわかりません。
 しかし、私は、この生産性の無い行為がとても好きなのです。最初は両親への反抗のつもりだったのかもしれません。けれどそれが病み付きになっていったのです。
 赤司くん、と呼ぶとまた微笑みながら名前で呼べと言われました。命令と言った方が正しいかもしれません。征十郎くん、と呼ぶとまた唇を撫でられました。その綺麗な指は唇から下に移動していき、低い体温に身体が震えました。

「征十郎くん、誰か、来るかも」

 喉から零れそうになる吐息を堪えながら言うのに、征十郎くんはそれを無視して手を進めていきます。私は漏れる吐息を我慢しながらまた訴えるけれど、やはり止まりません。切ったばかりの短くなった髪のせいで冷えた空気が首筋を掠めます。そして、私の身体は強張りぞわりと鳥肌が立てました。
 それを見計らったように廊下をリズミカルに蹴る音がしました。そしてその音に反応して焦りが込み上げました。ここは入った時でも死角になるところで、こちらに来なければ気づきません。しかし私は息をひゅう、と吸いながら耳を澄まします。


「赤司くん?」


 恐る恐ると言ったように扉を開けたのは征十郎くんの彼女である女の子でした。入り口から顔を出しながら探しているのでしょう。人の気配が無いと思ったのか、そのまま扉を閉めてまた廊下を蹴る音がだんだんと小さくなっていきました。軽く息を吐きながら私は彼に触れられた身体を震わせました。征十郎くんは私には名前を強制するくせに彼女には名前を呼ばれる事を嫌います。それで特別だとは思いません。彼は私に特別な感情を持っていないという事を知っているからだと思います。

 私は征十郎くんと似ていると思うけれど、それを彼に告げたらそれも傲慢だと言われるでしょうか。
 私は、征十郎くんがどこかの童話に出てくる王子様にでもなったら、と考えると思わず笑ってしまいまうくらい、彼には似合わないものです。だから、王子の様だと心酔している彼女には嫉妬のかけらも持ち合わせておりません。

20121220