冬の少し痛いくらいの風をその身に受け、シンはいつもの様に舵を取っていた。

吐き出す息は白く色濃く、海の吹き荒ぶ風に拡散されて行く。


体を温める為に淹れたコーヒーもすっかり冷めてしまっていた。


「シンさーん。」


そんな中響く声。振り返れば嬉しそうに駆け寄って来るなまえ。

パタパタと駆け寄って来る様は本当に犬の様だ、と思ったが敢えて口には出さなかった。

湯気の立ち上ぼるコーヒーカップを落とさない様に両手で握り、それをまた嬉しそうに差し出して来る。

なまえからカップを受け取り一口飲めば、熱いコーヒーが胸の辺りに広がるのがわかった。


そこでまた、自分の体がすっかり冷えてしまっていた事に気付く。

横を見やればなまえもまた寒そうに両腕を抱え、小刻みに震えている。


「どうした?戻らないのか?」

そう問えば、

「シンさんにだけ寒い思いをさせるのはなんだか悪いなぁって…」

はぁ、と両掌に息を吹掛けているなまえの額を小突いて、


「ばか、変な気を遣うな。」


そう言えば、なまえは「あはは」と笑った。



そんななまえを見ているとなんだか苛めてやりたい衝動に駆られてしまって…


その細い腕を引き寄せれば、シンの腕の中になまえの体はすっぽりと納まった。

そのまま、後ろから抱き締める姿勢で舵を取る。

あわあわと、案の定慌て出すなまえ。腕から逃れようと身を捩るが見た目とは裏腹に力強いシンの腕からはなかなか抜け出せない。

「相変わらず、ちんちくりんだな。」

そう言えば、顔を真っ赤にしたまま頬を膨らませた。

「どうせガキですー。」

悪戦苦闘の末、なんとかシンの腕から抜け出したなまえだったが、腕を引かれその勢いで振り返る。

「ガキを口説く趣味なんて、なかったんだがな。」

自分を見つめるシンの目が真剣で逸らせない。

「お前は別だ。」




そろそろ気付け。





そう言うと同時に、ふたりの距離が一気に詰められた。





そして唇が触れ合う、














その寸前。




ぐいっとなまえは後ろに引かれ、倒れそうになる。何事かと、抱き留められた腕を伝って見上げれば、


「ナギさん?!」


自分がナギの腕の中にいる事に気付くとなまえは再び慌て出す。


ナギはなまえを庇う様にシンの前に立つ。

「騎士様のお出ましか。」

そんなシンの皮肉を一瞥し、


「…仕込みが終わらねぇから手伝え。」


そう言ってなまえを先に厨房に向かわせた。


「…」
「…」


しばしの沈黙。

不敵に笑うシンを軽く睨み付けるナギ。

「…あいつで遊ぶな。」


「遊びじゃない、と言ったら?」


怒気を含むナギの言葉に、シンも好戦的な態度で返す。



「…本気、なのか?」


その問いにシン答えず、変わりに自嘲じみた笑みを零した。


「お互い様、だろ。」
「…」


一瞬、ナギの眉間に皺が寄る。

しかし、シンの問いに答える事はなく、ナギは厨房へと戻って行った。


そんな後ろ姿を見ながら「…ふん」とひとり笑った。











厨房に戻ると、なまえが人参の皮剥きをしていた。
自分が入ってきた事に気付くと顔を綻ばせた。


いつもはこの笑顔で嫌な事も吹き飛んでしまう。しかし今日は、



その顔はまだ微かに赤く、先程の出来事を思い出させる。


ドロドロとした感情が渦巻いて、どうしようもない苛立ちが募る。




「お前は無防備過ぎる。」

もっと自覚しろ。



そう言えば、しゅんとうなだれてしまう。







違う。こんな事が言いたいんじゃない。





そう思うのに口から出る言葉は八当たりにも等しい物ばかりで。



「悪い、言い過ぎた。」



その言葉になまえはふるふると首を振り、「心配してくださってありがとうございます。」と、控え目な笑みを添えて述べた。







やっぱりなまえには笑っていて欲しい…


嫉妬なんて、馬鹿馬鹿しい。



詫びに後でデザートでも用意してやろう。




そんな事をぐるぐる考えていると、隣りで小さな声が上がった。


「痛っ」

思考が途切れ、現実に引き戻される。

なまえを見るとその指先には小さな血の玉が出来ていた。


血は出ているがそれ程深くは無いようだ。


「大丈夫です、これくらいなら舐めてたら治りますから。」

そう言なまえの指をナギは徐に口に含んだ。

「っ!」


指に絡み付く熱。


なまえはその感覚に固まってしまう。


「一応、ドクターに見てもらえ…」

と、顔を上げるとこの上なく顔を赤くしたなまえと目が合った。

ナギ自身も、まさかの己の行動に驚き、動けずにいる。


引き付けられる様に、見つめ合うこと数秒。



恥ずかしさからか自分を見上げるなまえは涙目で、それが更にナギを煽る。


いろんな事が走馬灯の様に頭を過ぎったが、そんな事を考えられる程の余裕もなかった。

なまえの手を握るナギの手に力が籠もる。



見つめ合ったまま、ゆっくりとナギの顔が近付いていく。





ふたつの影が重なる、





















1cm前。





「おい。」

突如響いた第三者の声に、弾かれた様になまえの肩が跳ねた。


「わわ私、ソウシさんに診てもらって来ますね!」

早口でそれだけ言うとなまえはナギの手から抜け出し、厨房を飛び出した。


それと入れ替わりに声の主が厨房にやって来た。



腕を組み、壁にもたれていたシンがカツカツとナギに歩み寄る。



「惜しかったな。」

悪びれた様子もなく、楽しんでいるかのようにそう言うシン。


「…何の事だ?」


「とぼけるのも結構だが…これだけは言っておく。」



すっ、とシンの目が細められる。


「俺はなまえを諦める気は無い。誰が相手だろうと…」


容赦はしない。


突き刺さるんじゃないかと思う程、冷気を纏ったようなまなざしをナギは真正面から受け止める。




「俺も…引き下がるつもりはない。」


睨み合い対峙する2人の間に火花が散った。

「これからが楽しみだな。」


そう言って、シンは不敵に微笑んだ。












その頃のなまえは…


「へぶしっ」

ちょうど怪我の治療も終える頃だった。


「誰かが噂でもしているんでしょうか?」

「そうかもしれないね。でも風邪でもひいていたら大変だから一応薬を出しておこうか。」

今日も長い間風に当たっていたみたいだしね。

そう言いながら、ソウシは数種類の薬を取り出した。


「お世話お掛けします。」

「なまえちゃんのお世話なら大歓迎だよ。」


なまえは出された薬を一気に飲み干した。


「少し休んで行くかい?」


「でも、まだお手伝いの途中だから…」


「ナギには私から言っておいてあげるよ。」


ナギの名前を聞いて、先程の事を思い出して体温が一気に上昇した。


「ほら、顔が真っ赤じゃないか。熱が出て来たかな?」



この熱はきっと、いや絶対に風邪のせいじゃない。



そう思ったりもしたけど、今ナギやシンに会うのは少し気恥ずかしくて、ソウシの言う通り医務室で休む事にした。




それにしても、今日は心臓に悪い1日だったな…


ベッドに入ると、1年分を鼓動を今日1日で打ったんじゃないかと思う程の動悸による疲労と、薬の力が相俟って、眠りに落ちるまでそうかからなかった。



ゆらゆらと微睡む夢の中…

幸せそうな寝顔を浮かべるなまえ…






その頃、壮絶ななまえ争奪戦の火蓋が切って落とされた事など、



知る由も無く…




戦場のI LOVE YOU
(なまえのハートを射止めるのは果たして…)












42000hitでリクエスト下さったaki様に捧げます!

ナギとシンの逆ハーです。
逆ハーを書くのは初めてだったんで、書いては消し書いては消しで、時間がかかってしまいました((;゜Д゜)

長らくお待たせしてしまってすいませんでした!(>_<)

リクエストありがとうございました!


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