何も、知らなくていい。





「ゆっきむらぶちょー!」


コートに響く元気な声に振り返った幸村は、
赤也が笑顔でこちらに走ってくるのが見えた。
人懐っこいそのキラキラした笑顔は可愛くて愛しくて、
何度見たって決して飽きるものではない。
コケないかどうかを心配しながら、
幸村は赤也の到着を待った。


「幸村部長っ!」
「ふふ、どうしたの?そんなに走って」

少し息を切らしながらも、
なお笑顔で幸村を見上げる赤也の頭を撫でる。

「柳さん知らないッスか?」
「蓮二なら部室でデータの整理してるよ」
「そっかぁ、じゃあ今行ったら邪魔ッスねー」
「どうかしたの?」
「柳さんに聞きたいことあって。
あ、じゃあ部長に聞いてもいいっすか?」
「いいよ。俺でよければ」
「あのねっ、部長、」

にこにこと無邪気な笑顔を向けられて
思わずつられて笑ってしまったが、
次に赤也が発した言葉に、幸村は耳を疑った。
と、言うよりは、全身が凍りついた。



「ふぇら、って何?」




「………は?」


すぐ近くで水を飲んでいた柳生が、盛大に吹き出した。
ゴホゴホと勢いよくむせている。

――今、赤也はなんて言った?
俺の耳が悪くなったんだろうか、うん、きっとそうだ。


「赤也…いま、なんて?」
「だから、ふぇ…」
「やっぱ言わなくていいいい!!!」

突然怒鳴った幸村を、赤也はびっくりしたように見つめた。

「ぶ、部長?」
「…赤也。誰に教えられたのかな、その言葉は」

赤也の肩が、怯えたようにびくりと跳ねる。
幸村は笑っているが、笑顔がひきつっていて
かなり取り乱しているように見えた。

「赤也」
「え…えっと」
「正直に言ってごらん。怒らないから、赤也には」

赤也には、という言葉にかなり恐怖を感じて、
赤也は言うのをためらった。
ちらちらと幸村の顔色を伺っている。
怒らないよ、ともう一度頭を撫でられて
ようやく観念したように呟いた。

「丸井先輩と、仁王せんぱ…むぐっ!?」
「赤也てめぇぇ!柳に聞けって言っただろぃ!」
「幸村に聞いてどうするんじゃッ」

物陰からサッと出てきて
必死に赤也の口を塞ぐブン太と仁王。
うん、やっぱりお前たちだったんだね、
純粋な赤也にそんなゲスな単語を教えたのは。
ふたりが赤也で遊ぶのは日常茶飯事だが、これは酷い。


「…ブン太、仁王」
「!!!」


幸村が呼びかけると、ふたりは我に返ったように動きを止めた。
地を這うような冷たいその声に、冷や汗を流す。

「い、いやこれはさ…可愛いイタズラっつーか」
「赤也に下ネタ振られて焦る参謀が見たかっただけぜよ」
「えっ、下ネタだったんすかぁ!?
丸井先輩と仁王先輩のバカー!」
「ふふ…そうか。そのために、
この純粋な赤也を汚したんだね?」
「いやそんな大袈裟な、」
「赤也は女の子なんだよ。罪は重いね」

もはや笑顔のはずなのに、目が死んでいる様子から
これはやばい、相当怒っている、と察したふたりは
顔を見合わせてから全力疾走して逃げて行った。


――が、逃がすつもりなどない。


バキッ、バキと胸の前で指を鳴らし、
幸村は顔を上げて、それは綺麗な微笑みを浮かべて言った。


「覚悟はいいね?ふたりとも」




その後、コートにはブン太と仁王の悲鳴が響き渡り、
数分後には幸村は何事もなかったような顔で戻ってきた。

「ゆ、幸村部長…先輩たちは…?」
「うん?ああ、あっちの方で寝てるよ」

寝てるよ、が、死んでるよ、に聞こえたのは
たぶん気のせいだと言い聞かせた。
赤也はふたりをちょっとだけかわいそうに思いながらも
自分をからかったバチが当たったんだから
助けになんて行ってあげないぞ、と決めた。

「赤也、あいつらに言われたことは忘れること。いいね?」
「はっ…はい」

こくこくと赤也が頷くと、幸村は
今度はすごく優しい笑顔を赤也に向けた。

――綺麗だなぁ。
女の俺なんかよりも、ずっとずっと。

こんなにも綺麗な人を、赤也は他に知らない。
怒ると怖いのに、でも優しくて、美しくて
でも近寄りがたいわけでもなくむしろ側にいて落ち着く。
不思議な魅力をもった人だ。
ほんとに、黙ってたら無敵なんだろうなぁ。
いや、怒ってもむしろ最強なんだけどさ。


赤也は、幸村がこんなにも過保護になるのは
自分にだけということに、いまいち気がついていない。
何よりも大切に、この人に守られていることにも。
そして、赤也以外の女の子がどんなに願っても、
ここまで幸村に執着されることなど無いことにも。
だが、幸村はそれでいいと思っている。


――何も知らなくていい。
その、汚れのない笑顔を守るためならば、
魔王にだってなんだって、なってやるさ。





◎おまけ

「それにしても、丸井先輩たちが言ってた言葉って
結局どういう意味だったんだろ…気になる。
下ネタって言ってたけど」
「赤也、どうした?」
「あ、柳さん!」
「何かあったのか」
「(柳さんなら、怒らないよね…)
あの、ふぇら、ってどういう意味ッスか?」
「…………」
「柳さーん?」
「赤也」
「な、なんですか」
「………誰に、聞いた?(開眼)」
「!!!」





おわり(え)

*******

突発的に書いてしまった。
反省はしていない。

…すみません。
でもブン太と仁王はこうやって赤也にイタズラして
時々、幸村部長にしばかれてたらいいと思います。
そして柳さんの開眼が書きたかっただけ。
意味のない話になってしまいました(笑)

2012.11.24

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