今はまだ、それだけで。




「丸井先輩…す、好きです」



昼休み、知らない後輩の女の子に呼び出されて
裏庭へ出向くと、そんなことを言われた。


「わたし、ずっと丸井先輩のこと見てて」


もう、何度そんな言葉を聞いただろう。
同じような告白。心に響かない言葉。
相手は相手なりに俺を想ってくれてるのかもしれないけど
どんなに可愛い子に告白されたって、
どんなに好きだと言われたって。

俺の心には、響かなかった。




「へへっ、見ーちゃった!」
「………」

告白を断って教室へ戻ろうと階段を上がっていると、
踊り場のところで赤也がぴょこっと顔を出した。

「やーい。先輩の女泣かせー」
「うるせぇ」

赤也はくすくす笑いながらからかってくる。

「覗き見なんて悪趣味だぞ」
「たまたま窓の外見てたら、見えただけッスもん」
「あっそ」
「でも、また断ったんすね?」
「知らねー奴だし、当然だろぃ」
「すっげぇ可愛い子だったのにー」

先輩は理想高いんすねぇ、なんて言ってくる
赤也のほっぺたを両側からつねった。

「生意気言うのはこの口かぁ?」
「いひゃいいひゃい!しぇんぱい、いひゃいっす」
「ごめんなさい、は?」
「ご、ごめんなひゃいっ!」

慌てて謝る赤也を見て、ようやく手を離した。

「もー!先輩のいじわる…」
「お前が生意気なこと言うからだろぃ」
「だって、俺ずーっと不思議だったんすもん。
なんでそんなにモテるのに彼女作らないのかなって」
「別に、いらねーし。居てもめんどくせぇ」
「ふーん」

自分から聞いてきたくせに、ふーん、なんて言いながら
赤也はすぐ近くの窓を開けて外を見た。

「…でも、ちょっと安心ッス」
「なにが?」

赤也は振り向くと、少し照れたように笑った。


「先輩に彼女できたら、寂しいなって」


えへへ、と恥ずかしそうに笑う赤也の髪を秋風が掠める。
ふわふわとそよぐ黒い髪とその笑顔に、

俺の心臓は、動く。



「…丸井先輩?」
「………」
「あ、えっと…冗談ッスよ?
先輩の幸せを願ってないわけじゃ、」
「……るせぇ」
「せんぱ、」
「次、授業サボるぞ」
「え!?ちょっ」

驚く赤也の手を引っ張って、階段を上がった。


――なあ、知ってるか?赤也。
俺が心動かされんのは、他の誰でもない。
お前の言葉だけってこと。



屋上までの階段を上がる途中、
何人かの男とすれ違った。
どいつもこいつも、赤也を見て頬を染めてやがる。
そのことに、余計にイライラが増した。

――気安く見てんじゃねぇよ。

俺はそいつらに見せつけるように、
赤也の手を強く握って屋上へと向かった。




「先輩、怒ってる?」
「怒ってねーよ」
「ほんと?」
「…おう」

そう返すと、赤也は安心したように、にこっと笑った。

屋上には俺と赤也以外だれもいなかった。
扉を背中に、ふたりで並んで腰を下ろす。

「…お前はさ」
「はい」
「お前は、なんで彼氏つくんねーんだよ」
「ええ?」

俺の唐突な質問に、赤也は目をぱちぱちと瞬かせた。

「俺、丸井先輩みたいにモテないもん」
「嘘つけ」
「うそじゃないッス!告白なんかされないし」

――それは、主に幸村くんたちが
赤也に告白しようとする奴を片っ端から排除してるからだ。
ま、俺もなんだけどさ。


「じゃあ…好きな奴もいねーの?」
「いないッスよ!そういうのよく分かんない」

その答えに心底ほっとしている自分に気づいて苦笑した。

「…ま、赤也はお子ちゃまだからな」
「なっ!お子ちゃまじゃないもんっ!」
「赤也が恋愛するなんて、生意気だろぃ」
「もー先輩のばか!!」

ムキになってポカポカと叩いてくる赤也。
全然痛くないが、いてぇ、と言ってやると満足そうに笑った。
本当に、コロコロと表情が変わる。
怒ったと思えばすぐに笑ったり、泣いたり、照れたり。

そんなお前を、いつの間にか目で追うようになってた。


「…赤也」
「せんぱい?」

未だに楽しそうに俺を叩いて遊ぶ赤也の
その細くて白い腕を掴んで止めさせる。

「俺も…」
「?」

赤也の顔を見ると、こてんと首を傾げられた。
でっかい翠の瞳に見つめられて、心拍数が上がる。


「俺もお前に彼氏ができたら、寂しい」


だけど、好きだと伝える勇気はなくて。


ぽかんとした顔で俺を見る赤也の頭を
ぐしゃぐしゃと撫でた。

「な…なにするんすかっ」

じたばた抵抗する赤也の頬は赤く染まっていて
俺の手を本気でどかそうとしていないことも
何もかも、愛しいと思った。


「…しょうがないから、」
「ん?」
「せ、先輩が寂しがったらかわいそうだから、
彼氏は当分つくらないことにしてあげるッス!」
「………おう」

俺の返事に、また赤也が驚いた顔をした。
いつもみたいに言い返されると思ってたんだろう。

「丸井先輩…今日、変ッスよ?」
「んなことねーよ。いつも通りかっこいいだろぃ」
「自分で言ったら台無しッス」
「うるせ」

そう言って、しかめっ面で顔を見合わせて
しばらくにらめっこみたいになったけど、
おかしくなってふたりで吹き出した。

「あはは、先輩へんなのー!」


今は、その笑顔でいい。
それだけ見られたら、いいから。
だから、他の奴のとこなんか行くなよな。




「…すー」

あのあと、ふたりで並んでなんとなく空を見てたら
赤也が「あの雲、ネコの形だー」って言い出して
しばらく雲の変な形を探して遊んでたけど
あくびをし始めたなと思ってたら
俺の肩にもたれかかって寝てしまった。


「…ったく」

上着を脱いで、赤也にかけてやる。
かけるとき、思ったよりも顔が近くて
柄にもなく焦ってしまった。

お前さ…俺のこと信頼しすぎなんじゃねぇの?
それとも、俺を男として全く意識していないのか。
俺じゃなかったら、襲われてんぞ。


「まあ俺も実は今ちょっとやばいんだけどな」
「…まあな……、っ!?」

上から降ってきた声に、思わず体が跳ねた。
その声の持ち主は、ひらりとジャンプして
俺たちの前にきれいに着地した。

「…仁王、テメェ」
「ブンちゃんの心の声を再現してあげたんじゃよ」
「馬鹿じゃねーの…だれが」
「おーおー。可愛ええ寝顔じゃな、赤也ちゃんは」

こいつ、いつから居やがった。
いや、俺たちが扉の前に座って塞いでたんだから
最初から居て面白がって見てやがったな。


「赤也に好きな奴がおらんでよかったのう」
「………」
「居るって言われたらブンちゃんが
泣いてしまうところだったぜよ」
「なっ…誰が泣くか!」

からかうように、ニヤリと笑う仁王。
くそ、腹立つ。覚えとけよ。

「でもブンちゃん」
「なんだよ」
「後悔せんようにな、いろいろと」
「………」
「ライバルは多いぜよ」
「…分かってるっつーの」

気まずくて目を逸らすと、
仁王は赤也の頭をぽんぽんと撫でた。
赤也は、「んー」と声を漏らしたけど起きる様子はない。

「ま、俺はブンちゃんを応援しとるから、頑張りんしゃい」

そう言って手をヒラヒラ振って
仁王は屋上から出ていった。


「余計なお世話だっつーの」

閉まった扉にそう呟いて、隣の赤也を見た。
すやすやと気持ち良さそうに寝てる。
周りに誰もいないことを確認して、髪をそっと撫でた。
ふわふわしてて、気持ちよかった。
赤也自身は癖っ毛なのを気にしてるらしいけど、
俺はこの髪が可愛いと思う。
いつもからかってるから、ぜってぇ口には出さないけど。

「……せ…ぱ、」

赤也が寝言でむにゃむにゃ言ってる。
じっと耳を傾けた。


「…まるい、せんぱい…」


心臓が跳ねた。
ドキドキとうるさく鳴り始める。

「…俺の夢、見てんの?」
「んー…」

髪を撫でる手を止めると、
甘えるように擦り寄ってきた。


――可愛い。


おそるおそる肩を抱くと、
心地よさそうにふにゃりと笑った。


「…っ」

耐え切れなくなって、思わず
赤也の体をガバッと離してしまった。

「ふぇ…?」

その揺れで起きたのか、ぼんやりとした顔の赤也は
ごしごしと目を擦ってあくびした。

「あれ、俺寝てた…」

ぽーっとした顔の赤也は、俺の姿をとらえると
不思議そうに、こてんと首を傾げた。

「まるいせんぱい…?」
「な、なんだよ。人の肩で寝やがって」
「先輩…顔、赤いッスよ?」

まだ少し寝ぼける赤也は、熱あるんじゃないっすかぁ、
と言いながら俺のデコを触ろうとしたが
それをかわして赤也にデコピンをくらわせた。

「いたーっ!なにするんすかぁ!」

恨めしそうに俺を見る赤也。
ったく人の気も知らねぇで、このバカ。

「おい赤也」
「ふんっ」
「…こら。こっち向け」
「え、うわっ…!」

ツンとそっぽ向く赤也の腕を引いて、
倒れ込んでくる赤也の体を抱き締めた。


「せ…せんぱい…?」
「……」
「あの…」
「なあ赤也」

呼びかけると、腕の中の赤也は俺を見上げた。
顔は真っ赤になってて、それは俺を嬉しくさせた。


「もう1時間だけ、サボるか」


その言葉に目をぱちぱち瞬かせた赤也は
やがて、照れたように、だけど嬉しそうに
俺の一番好きな顔で笑った。


時々お前が好きだと伝えたくてたまらなくなるけど。
でも今は、この距離が心地いい。
いつかは伝える時が来るんだろうけど。
それはもしかしたら、近い未来かもしれないけど。


――今は、君が隣にいるから、それだけで。




おわり


*******


久しぶりにブン赤書いた(笑)
サイトのアンケートで2位なのに、
半年もほったらかしてごめんねブンちゃん。
これからはちゃんと書くよ。
それにしてもブン赤は可愛いです。

読んでくださってありがとうございました!

2012.11.23

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