君の笑顔で、日常が回る。




「みんなー、12時になったんで休憩ッス!」

テニスコートに、ピーッという笛の音が響いた。
今日は日曜日だが、朝から夕方までぎっしりと
練習メニューが組まれている。
王者立海の名に恥じぬほどの過酷な練習を
部員たちが必死になってこなす中、
ぴょこぴょこと忙しそうに走り回るひとりの少女がいた。

そう、彼女はこの立海大附属中テニス部の
2年生マネージャー、切原赤也である。

「お疲れさまッス!はいタオル」
「ああ、ありがとうマネージャー」

赤也は汗だくになって座り込む部員たち
ひとりひとりにタオルを渡して回っている。
2年生マネージャーといっても、実質このテニス部には
赤也意外のマネージャーは居ない。
部員も多く練習も並々ならないこの部活を、
彼女はひとりでサポートしているのだ。


「あーかやっ」
「うわ!幸村部長っ、どこ触ってんすかぁ!」

いきなりお尻を触られて、赤也は慌てて
その犯人である幸村から飛び退いた。

「ふふ。今日も可愛いね赤也は」
「もー、セクハラっすよ!」
「酷いなぁ、これはスキンシップだよ」

楽しそうににっこり笑うこの人は、
我らが王者立海テニス部の部長、幸村精市である。
誰よりも気高く美しいその容姿は
女だけでなく男まで見惚れさせるほどであるが、
お気に入りの赤也のこととなると時々
残念な人になってしまうことも校内では有名らしい。

「部長、そんなだとファンの子たちに呆れられるッスよ?」
「いいんだよ。俺は赤也にだけ好かれてれば」

ああ、どうしてこの人は恥ずかしいことを
こんなにもあっさりと言えるんだろう。
からかわれてるだけって分かっててもドキドキしてしまう。
ほんとに、黙ってれば完璧なのにな。
だけどおれは、こんな部長は嫌いじゃなかったりする。
…なーんて、絶対言ってあげないけどさ。

赤也がそんなことを考えていると、
どうしたの?と幸村に顔を覗き込まれて
慌ててぶんぶんと首を横に振った。

「あ。赤也、うしろ」
「え?」

幸村の指差す方へと振り向いて、
赤也は思わず「げっ!」と声を上げた。

「げっ、とは何だ?赤也」
「さ…真田副部長」

赤也の後ろに立っていたのは、
副部長である真田弦一郎だった。
いつものごとく腕を組み仁王立ちしている。

「赤也、スカートの丈を長くしろとあれだけ言っただろう」
「だってぇ…中途半端に長いとダサいんすもん」
「たるんどる!!」
「ひっ、ごめんなさーい!」

猫のように縮こまった赤也は、
慌てて両手でスカートの裾を引っ張った。

「いいじゃないか、真田。似合ってて可愛いんだから」
「幸村、お前は赤也に甘すぎる」
「だってさ、赤也が履いてるスカートだって
学校側が全部活のマネージャーに与えた物だし」
「だからそんなものは廃止して、ジャージにしろと
俺は何度も言っているだろう」

真田は、どうやら部活中の赤也の格好が
気に食わないらしかった。
幸村の背中に隠れた赤也は、ぴょこんと顔を出した。

「おれ…似合ってないッスか?」

しゅん、と悲しそうな翠の瞳に見つめられ、
真田は「うっ」と言葉をつまらせた。

「すっごく似合ってるんだよ赤也。
だからこそ真田はね、それが嫌なんだよ」
「どうして?」
「可愛い赤也を、他の奴に見られるから。
ほんと真田ってムッツリだよねー」
「ゆ、幸村ッ!何を言うか!!」
「ほんとのことじゃないか」

赤也の容姿は、贔屓目なしに見ても可愛い。
白い肌に華奢な体、ぱちぱちとした大きな目に長い睫毛。
本人は気にしている癖っ毛でさえも、
ふわふわしていて可愛らしいものだった。
加えて、性格も明るくさっぱりしているため
彼女に想いを寄せる者が多数いることも納得がいく。
まあ、少々おバカなところがたまに傷だが。
そんな赤也が変な奴に狙われないかと心配するのは、
いたって自然なことであった。

赤也が、じーっと真田を見つめると
真田は顔を隠すように帽子を深く被りなおして
早足で去って行ってしまった。

――あの副部長が、そんなこと思ってるわけないじゃん。

超がつくほど鈍感な赤也は、
真田が怒るのは赤也を気にかけているからだということに
全く気がついていないのだった。
もっとも、真田自身も気づいていないのだが。



「いただきまーす!」

今日みたいに夕方まで部活がある日は、
12時からの休憩の間にしっかりと食べて
午後からの練習に備えなければならない。

ちなみに、立海にはレギュラー専用の部室があり
7人のレギュラーたちはそこで昼食をとる。
もちろん、お気に入りである赤也も一緒だ。
可愛い赤也を独占できるのは、レギュラーの特権だった。


「お、赤也の弁当うまそー。自分で作ったのか?」
「へへっ、そうッスよ!」

丸井が赤也の弁当箱を覗き込む。
サイズは女の子らしく少し小さめだが、
色とりどりのおかずが美味しそうに並んでいる。
最近、母親から料理を教えてもらっているらしい。

「そのおかず、俺のお菓子と交換しようぜ」
「いいッスよ!はい」

弁当箱と箸を差し出す赤也に、
丸井は不服そうな声を漏らした。

「普通に食ってもつまんねーだろぃ。あーんして食わせて」
「えー」
「けちけちすんなよ、減るもんじゃねぇし」
「先輩、そういうのは好きな人にしてもらうものッスよ」
「………」
「丸井先輩?」
「…だから、こうして言ってんだろぃ」
「へ?」
「なんでもねーよ、バーカ」
「あっ、バカって言ったぁ!」
「うっせぇバカ也」

ぎゃあぎゃあ騒ぎ始めたふたりに、
他のレギュラーたちは、またかと呆れた。
丸井と赤也がこんな感じで喧嘩するのは日常茶飯事のことだ。
もっとも、喧嘩するほど仲が良いと言う言葉は
あながち間違いではないらしく、いつの間にかふたりで
一緒にお菓子を食べてたりするから特に問題はない。

「ジャッカルー、丸井先輩がいじめるー」
「おい…俺を巻き込むなよ」

赤也がジャッカルの背中に隠れたのを見て、
丸井は面白くなさそうにジャッカルを睨んだ。
ジャッカルは、はぁ…と溜め息をついて
ふたりが仲直りするように上手く取り繕ってやる。
これもよくある風景だ。


「切原くん」
「なんすか、柳生先輩」
「私にもおかずをひとついただけますか?」
「いいッスよ!」

ようやく丸井との喧嘩が収まったため、
柳生のその言葉に素直に弁当箱を持って
赤也は柳生の隣に移動した。

「どれがいいッスか?」
「そうですねぇ…」

弁当を見ながら考え込む柳生を
最初はにこにこして見つめていた赤也だったが、
すぐにハッとした表情になった。

「あーっ、仁王先輩!」

赤也のその言葉に、レギュラー全員が注目する。

「ふたりとも、また入れ替わってるッスね!」
「「………」」

赤也にビシッと指差されて、
柳生と仁王はしばらく互いに顔を見合わせたが
やがて観念したようにカツラを外した。

「やれやれ。また見破られたぜよ」
「だから私は嫌だと言ったんですよ、仁王くん」
「へへっ。ふたりとも、まだまだッスね!」

嬉しそうに笑う赤也を仁王がデコピンした。

「いてーっ!」
「ふふ、それにしてもすごいね赤也は。
俺たちでさえ、全然気がつかなかったよ」
「そうッスかぁ?バレバレっす」

赤也はとても騙されやすい。
人を疑うことを知らないと言った方がいいだろうか。
だから仁王のペテンに引っ掛かることなんてよくあることだ。
だが、赤也は今まで一度も、変装にだけは
引っ掛かったことがなかった。
おバカで単純なくせに、どちらが仁王で柳生なのか
すぐに見抜いてしまうのをレギュラーたちは不思議がった。

だからこそ、人にあまり関心をもたない仁王や
社交辞令で上辺の付き合いに慣れている柳生でさえ
赤也の存在を面白く思い、受け入れたのだ。
皆、赤也のことをからかったりいじめたりするが
彼らにとってそれだけ特別な存在だということだった。


「そろそろ休憩時間が終わるな。準備するぞ」

真田のその言葉に、レギュラーたちは
午後からの練習に入る準備を始める。
みんなが準備に動いていると、部室の扉がガチャリと開いた。

「あ、柳さんっ!」
「おかえり蓮二」

入って来たのは柳だった。
休憩に入ってすぐに、生徒会の用事で抜けていたのだ。

「おかえりなさい!」
「ああ、ただいま」

赤也は柳の姿を見て嬉しそうに駆け寄った。
人懐っこい赤也だが、柳には一番懐いている。
赤也のマネージャーの仕事をいつもフォローしてくれたり、
一緒になって練習メニューを考えたりと
ふたりで居る時間が多いからかもしれない。
それ以上に、柳の柔らかくて優しい雰囲気は
隣に居て落ち着くものがあった。

「柳さんご飯まだッスか?」
「今まで会議に参加していたからな。今から食べるよ」
「じゃあ、おれも一緒に居るッス!」

ひとりでご飯食べるのは寂しいッスもんね、と
赤也が笑顔を向けると、柳もふわりと笑い返した。

「ああ。ありがとう」
「…へへっ!」

大きくて優しい手に頭を撫でられて、
赤也は照れたように笑った。
その様子を、他のレギュラーも微笑ましく見守る。
意地っ張りでツンツンした赤也が、
柳の前では素直で女の子らしくなるのだ。

赤也を可愛がり、ただのマネージャー以上の
感情を持ち合わせているため
それぞれが複雑な思いではあるが、
赤也の幸せそうな可愛い笑顔を見ると
まあいいか、と思ってしまうのも事実だった。
多数の女子生徒から恋い焦がれる
カリスマレギュラーたちの日常は、実は
ひとりの無邪気な少女を中心に回っている。
結局のところ、みんな赤也に甘いのだ。
赤也が幸せなら自分たちも嬉しくなってしまう。


――そう、君の笑顔で、日常が回る。


「…でもちょっとくっつきすぎかな?蓮二」
「参謀、調子に乗っとるじゃろ」
「離れろよー柳!」
「たっ…たるんどる!」
「心外だな、後輩とのコミュニケーションだ。
お前たちの心が汚れているだけだろう」
「うそつけーっ!赤也もあんまくっついてんじゃねぇ!」
「わあっ、な、なんすかー!?」


ただ、赤也を誰かに譲るかどうかは、全く別の話らしい。





おわり

*******

こんな感じでシリーズ化してみようかと思います。
おにゃのこ赤也たん書いたの初めてでした。
なんかいつも書く赤也とあんまり変わらないような(笑)

今回は始めということで、レギュラーたちと赤也の
関係性に触れた程度のお話でしたが
ここからいろいろ書いていきたいなと思います*

少し、柳さん寄りな気もしますが
このシリーズは、あくまでも総受け。と言い張るよ。
ネタが思い付く度に更新しようと思います。
何か良い案があれば、メールで教えてください*

読んでくださってありがとうございました♪

2012.11.21

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