もうすっかり辺りは暗くなっていた。
赤也は、自分の背中で眠る柳を落とさないように歩く。
秋の夜風は少し肌寒いため、知らず知らずのうちに
家までの帰路を急いでいる。


「…ん」

背中から小さな声が聞こえて、
柳の体がもぞもぞと動いたのが分かった。

「柳さん起きたッスか?」
「…あか、や」
「はい。もうすぐ俺ん家着きますから寝てていいッスよ」

しばらくぼんやりしていた柳だったが、
自分が赤也におぶられていることに気づき
自分の体に起きた異変は夢ではないと思い知らされた。

「…すまないな」
「何が?」
「おまえにもみんなにも、めいわくをかけた」
「あははっ、何言ってんすか!
みんな柳さんのこと可愛いって言ってたッス」

珍しく弱気なことを言う柳に、赤也は明るく笑って返した。

「俺、今日わかったんすよ」
「なにをだ」
「先輩たちってみんな、柳さんのことすげー好きなんだなって」

もちろん俺もッスよ!と言いながら赤也は歩みを進める。

「みんな柳さんのことすげー心配してた。
みんなでいっぱい話し合ったんすけど、
何も良い案思い浮かばなくて。
こんなとき柳さんだったら、きっと
一番良い方法を考えてくれるんだろうなって」
「………」
「俺たち、いつも柳さんにすげー助けられてるって
改めてみんな分かったと思うんすよ」
「…あかや」
「だから大丈夫ッスよ!みんなで協力して
絶対に柳さんのこと助けますから」

そう力強く言う赤也に、柳は少し驚いていた。
おぶられているため、柳から赤也の表情は見えない。

「柳さん、寒くないッスか?」

――いつの間に、こんなに頼もしくなったのだろうか。
今、お前はどんな顔をしている?赤也。





「ただいまー…あれ」

リビングへ行くと、母親はおらず
代わりにメモと夕飯が置いてあった。

「今日は母ちゃん出かけてて遅くなるらしいッス!
ちょうどよかったッスねー」

そう言うと、赤也は柳をふかふかの絨毯の上に下ろした。

「ご飯食べましょ柳さん!」
「しかしそれはおまえのぶんだろう」
「なに遠慮してんすか。はい、あーんして」
「よ、よせ、じぶんでたべる」
「いいからいいからっ、あーん」

赤也が差し出したスプーンに乗るオムライスを
柳はしばらく困ったように見つめていたが、
やがて観念したように、ぱくりと食べた。

きゅーん。

「や…」
「?」
「柳さん可愛いッスー!!!」
「うっ」

母性本能が働いた赤也は、たまらず柳の体を抱き締めた。

「やめないかあかやっ。しょくじちゅーだぞ」
「だってぇー、こんな機会一生あるかどうかっすもん!」

自分があーんしたものを、柳が食べてくれるなんて。
柳がこんなことにでもなっていなければありえないだろう。

「はい、もっかい、あーんッス♪」
「………」

そのあとも、二人仲良くオムライスを食べたのだった。




夕飯を終えたふたりは一緒に風呂に入り、
今は赤也の部屋でゆっくりしていた。
時刻は20時半になろうとしている。

ピリリリリリ。

赤也が携帯を見ると、幸村からの着信。

「もしもし赤也ッス!」
『やあ。今、真田の家で蓮二が元に戻れる方法を
一緒に考えてるんだけど、蓮二の様子はどうだい?』
「元気ッスよ!柳さんに代わります」

はい、と赤也に渡された携帯を柳が受け取った。

「もしもし、やなぎだ」
『蓮二、どうだい?体に異変とかは』
「いまのところは、なにもないようだ」
『そう…何か少しでも変化があったら教えてくれ。
手がかりになるかもしれないから』
「…ああ。すまない、せいいち」
『ふふ、水くさいよ蓮二。真田もさっきから
蓮二のことが心配みたいでそわそわしてるんだ』
『ゆ、幸村!余計なことを言うなッ』

幸村の隣に居るであろうと思われる真田の声に
柳はフッと笑みをこぼした。

「ふたりとも、しんぱいをかけてすまない。
だが、だいじょーぶだ。このやなぎれんじ、
これしきのこと、たいしたもんだいではない」
『そう?まぁ俺たちよりも蓮二の方が
良い方法を思い付くかもしれないけどさ。
でも、心細いときは頼っていいんだよ。
俺たちにも…それに、赤也にも』
「……」
『じゃあまた明日ね。部活、明日も来るだろ?』
「ああ…」
『そのとき、改めてみんなで話し合おう。
あ、真田が何か言いたそうだから代わるね。おやすみ蓮二』
『いや、俺はッ!』

何やら真田は慌てていたが、
幸村に有無を言わさず携帯を渡されたらしく
観念したように話し出した。

『…蓮二』
「げんいちろうか」
『今日は、疲れただろう。ゆっくり休め』
「ああ。ありがとう」
『俺たちが何とかする。安心していろ』

何とかなる保証などないが、それでも
真田の力強い言葉は嬉しかった。
言葉は少なくとも、たくさんの思いが伝わった。

――俺は、良い親友をもった。

幸村と真田におやすみと告げてから、柳は電話を切った。




「……うーん」

赤也はさっきから、乾にメールをして情報を聞いたりしながら
なんとか良い方法を探そうとしているが、
一向に見つからないようだった。
乾から送られてきたメールには、クッキーの成分が
ずらっと全て書かれているが赤也には難しく
うーんうーんと唸っている。
今にも思考が停止してしまいそうだった。
時刻は、22時になろうとしていた。

「あかや、もういい。きょうはねよう」
「でも…」
「あしたもがっこうだ。ねぶそくになってはいけない。
おまえがしんどくなってしまっては、いみがないだろう」

柳がそう言うと、赤也は携帯を握りしめてうつむいた。

「……すんません俺、馬鹿だから何も役に立たなくて」
「あかや」

柳のために何かをしたいのに、できない。
もどかしくて、悔しかった。
乾のメールの内容を理解するのさえ一苦労なのだ。

「あかや、そんなかおをするな」
「だって…」
「きもちだけでも、じゅうぶんだ」
「柳さん」

柳の小さな手が、赤也の頬に添えられた。
体さえ小さくなければ、抱き締めてやれるのに。
そう柳は思った。

「ありがとう。あかや」
「……はい」

にこっと微笑む柳を見て、赤也も笑った。

――俺が柳さんを励まして支えなきゃなのに、
これじゃ逆じゃねーか。俺の馬鹿。

「乾さんが明日、いろいろ調べてから
また改めて連絡してくれるらしいから
そのとき一緒に考えましょうね!」
「そうだな」

赤也は柳を抱っこするとベッドに寝かせて、
自分もその隣に潜り込んだ。

「電気消すッスよ」
「ああ」
「おやすみなさい、柳さん」
「おやすみ。あかや」





おやすみ、とは言ったものの柳は眠れなかった。
赤也は、柳を抱き締めたまま眠ってしまったらしい。


明日は貞治からクッキーの詳しい成分を聞いて、
それを分析しなければならないな。
何か手がかりを掴めない限り、
元に戻れる確率は限りなく低いが…。
これ以上、赤也にもみんなにも迷惑はかけたくない。
それに、早く元に戻らなければ家族にも心配をかけるだろう。
ああ、それにテニス部はもうすぐ他校との練習試合があるから
元に戻ったらすぐに他校のデータ整理をしなければ。

…元に、戻れるのだろうか。


ぐるぐると、いろんなことを考えてしまい
余計に眠れなくなってしまった柳。
さっきまではこんなに不安にはならなかったというのに。

「…あかや」

ふと、自分を抱き締めながら眠る恋人の名前を呼んでみる。
すると、寝ているものだと思っていた赤也の腕に
ぎゅっと力が入り柳は驚いた。

「大丈夫だよ、柳さん」

柳が顔を上げると、赤也と目が合った。
赤也は、柳を見つめて優しく微笑む。

「大丈夫。絶対に戻れるから」
「…あかや」
「怖かったんすよね?戻れなかったらどうしようって」
「べつにおれは…」
「言ってもいいんですよ。俺たちには」
「……」
「柳さんは、誰かを頼るのが下手くそすぎッス。
大したことない、平気だ、自分でなんとかする、って。
確かに俺は…柳さんと違って、馬鹿だし頼りになんねぇけど
それでも、俺だって柳さんの力になりたいッスよ」

柳は、じっと赤也を見つめて話を聞いた。

「いつもは俺が、数えきれないくらい
柳さんに支えてもらってるから…
だから、俺も柳さんが不安なときは
柳さんのこと支えたいんです。
恋人って、そういうもんな気がして」
「………」
「それに万が一、柳さんが元に戻れなくなっても
俺がずーっと守ってあげるッスよ!」

へへ、と照れ笑いする赤也。
その無邪気な笑顔に愛しさが募った。


――ああ、そうか。
俺は、誰かに頼ることを忘れていたのかもしれない。
自分ですべて出来るものだと。

人は絶対に、ひとりでは生きていけないというのに。

忘れていた。
不安なとき、不安だと口にすることを。
怖いとき、怖いと口にすることを。

目の前の愛しい恋人の飾らない言葉が、
それを教えてくれたのだ。


「…あかや」
「はい」
「………」
「なんすか?柳さん」
「てを…つないでいて、くれないか」

そう呟くと、一瞬驚いたような表情を見せた赤也は
すぐに、にっこりと嬉しそうに笑って
柳の小さな手をぎゅっと握った。

「あかや…」
「なに?」
「………ありがとう」

その言葉を最後に、柳からは
すーすーという寝息が聞こえた。

「へへ。可愛い」

安心したように、あどけない顔で眠る柳の頬に
ちゅ、とキスをひとつ落とした。

「大好き、柳さん」


どんな姿でも、俺ずーっと
柳さんのこと大好きだからね。
ほんとに、ほんとだよ。







ピピピピピピピ!

部屋に目覚ましの音が響く。
目を開けると、カーテンからは朝日が差し込んでいた。

「…もう朝か」

柳は、目覚ましを止めようと手を伸ばした。
と、その伸ばした自分の手を見て異変に気づく。

――まさか。

枕元に置いてある鏡を手に取り覗き込んで、
その予想は確信に変わった。

「…どうやら元に戻れた、みたいだな」

鏡に映っていたのは、紛れもなく自分の姿。
寝ている間に戻ったのだろう。
乾が送ってきたクッキーの効き目は、
どうやら1日で切れるものだったらしい。

「ん…やなぎさ…」

隣から聞こえた声に目を向けると、
すやすやと眠る赤也がいた。
手も、しっかり繋いだままで。

「やなぎ…さん」

寝言で自分の名前を呼ぶ恋人に愛しさを覚える。

「…赤也」
「ん…」

そっと髪を撫でると、赤也はふにゃりと笑った。


――柳さんのこと、支えたいんです。

昨夜の赤也の言葉を思い出して、
心の中があたたかくなる。

「お前にはいつも支えられているよ」

そう言って柳は、ゆっくりと赤也に唇を重ねた。


赤也が目を覚ましたら、俺の姿を見て
「よかった」と言ってきっと嬉しそうに笑うのだろう。
その笑顔が見たくて、早く目を開けないだろうか、
などと考えてしまう自分がいた。
だが、もう少しの間だけ
この愛しい恋人の寝顔を見ていよう。


さあ、妙なものを食べさせた幼馴染みには
どうやって仕返ししてやろうか。
そんなことを考えたが、
今回のことで大切なことを学んだのも事実なわけで。

しょうがない、嫌味のひとつでも言って
特別に許してやることにしよう。


――自分の腕の中で幸せそうに眠る、可愛い恋人に免じて。





おわり


*******


というわけで、
柳さんがちっちゃくなっちゃったお話でした。

それにしてもあれですね。
柳さんに、ひらがなで喋ってもらいましたが
どうしてもあの人が思い浮かびますね。
そう、あの人ですよあの人。
kntくんです(笑)
読んでて思い出した方いらっしゃったんじゃないでしょうか*

今回のお話は、赤柳のような、柳総受けのような、
だけどやっぱり柳赤な感じです。(と言い張る)
個人的には書けて満足です。
すごい時間かけて考えたお話です。

今ほんとに、柳赤の魅力に取り憑かれてます(笑)
無限に書けそう、今なら。

どうでしたでしょうか。
感想などいただければ嬉しいです*
読んでくださって、ありがとうございました♪♪

2012.10.14

第3回BLove小説・漫画コンテスト結果発表!
テーマ「人外ファンタジー」
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