やなぎさんとあかや





「えっ、柳さんが来てないんすか!?」

今日は日曜日だが、部活の日。
まあいつも通りというか、寝坊した赤也は
開始時間より5分遅れて部室に飛び込んだ。
やべー早く着替えてコートに行かないと
また真田副部長に鉄拳くらっちまう、などと焦りながら
部室の扉を開けてみると、なぜかレギュラーメンバーが
コートにも行かずに深刻そうな顔で話し合っていた。

赤也が遅れて入って来たことに気づいた真田は、
ゴツンとげんこつをひとつ食らわせたが
いつものようにガミガミ怒らなかった。
どうやらそれどころではないらしい。

話を聞くと、柳がまだ来ていないらしいのだ。

「ああ。遅れるという連絡すらない」
「つーか柳が遅刻なんてありえねぇだろぃ」
「いつも必ず早めに来るもんな」
「赤也、何か知らないかい?」
「なんも知らないッス…昨日は柳さん家泊まってないし」

うーんと首を傾げる赤也。
確かに、柳さんが遅刻するとこなんて
今まで見たことがなかった。

「そういえば、今日はメール返ってきてないッス」

携帯を取り出して確認する赤也。
いつもなら、時間があればすぐに返してくれるのに。

「赤也も知らないとなると…」
「参謀に何かあったんじゃないかの」
「えぇっ」

赤也のような遅刻常習犯ならともかく、
必ず時間をきっちりと守る柳が遅刻となると
何かあったのではないかと考えられずにはいられなかった。
レギュラーたちの間に深刻な空気が漂う。

「どうしよ…柳さん、事故とかに遭ってたら」
「ば、ばーか。んなわけねぇだろぃ」

大好きな柳に何かあったのかもしれない。
そう言われて泣きそうになる赤也の頭を、
ブン太がぽんぽんと叩いてあやした。

「だが、蓮二が連絡も取れない状況にいるのは確かだな」
「そうだね。蓮二に限って寝てるなんてことありえないだろうし」
「とりあえず、ご自宅に電話してみましょう」

そう言った柳生が、連絡簿を取り出し
柳の家の電話番号を探そうとしたとき。


コンコン。


部室の扉が、外から叩かれる音がした。
鍵はかかっていないから入って来られるはずなのに、
どうして入って来ないのだろう。
一番扉の近くにいた赤也が、不思議そうに扉を開けた。

「はーい…あれ?」

扉を開けてみるが、そこには誰もいない。
イタズラか?そう思って、赤也は扉を閉めようとした。
と、そのとき。


「あかや」


どこからか、自分を呼ぶ声がした。

「…?」

キョロキョロと辺りを見渡すが、誰もいない。

「おいあかや、ここだ」
「え…わ、わあっ!?」

ジャージの裾をつんつんと引っ張られて
足元を見た赤也は、思わず驚いた声を上げた。
赤也の足元には、可愛らしい小さな子どもがいたのだ。
見た目からして幼稚園児くらいだろうか。

「びっくりしたー。なんだお前、迷子かぁ?」

子どもと目線を合わせるためにしゃがんだ赤也は、
サラサラの髪をよしよしと撫でた。

「どうしたの?赤也」
「なんか、迷子みたいなんすよ」

目の前の子どもをひょいと抱え上げ、
レギュラーたちに見せる赤也。

「お、可愛いなー。母ちゃんとはぐれたのか?」
「ほんと、可愛いね。けど誰かに似てない?」
「うむ…そう言われてみれば」
「迷子なら親探さなきゃッスね」

興味津々といった様子で子どもを見つめるレギュラーたち。
すると、ずっと大人しくしていたその子どもが
自分を抱く赤也を見て言った。

「まいごではない。おれだあかや」
「ん?つーか、なんで俺の名前知ってんの?」
「だからおれだ。やなぎれんじだ」
「………は?」
「りっかいだいふぞくちゅう、てにすぶのやなぎだ」
「「「……………」」」

その言葉にきょとんとしたレギュラーたちは、
しばらく沈黙を守ってから盛大に吹き出した。

「あはは!柳だってさ!可愛いなコイツ」
「ふふ。言われてみれば蓮二に似ている気がするね」
「子どもの癖に落ち着いとるところがそっくりじゃな」
「親戚か何かでは?」
「うむ…何にせよ、職員室まで連れて行った方がよさそうだ」
「そうだね、俺が行ってくるよ。
みんなは蓮二の家に電話をかけていてくれ」

迷子なら先生に知らせて親を探さなければ。
そう意見が一致して、幸村が赤也の腕から
子どもを預かろうとしたとき。

「…柳さん」
「え?なんだい赤也」
「この子、柳さんッス!」
「「「はぁー?」」」

赤也は、腕の中の子どもをぎゅーっと抱き締めた。

「何言ってんだ赤也」
「俺分かるッスよ!なんでちっちゃいのか分かんねぇけど、
匂いも髪のサラサラも柳さんのと一緒だもん。
それに本人が柳さんだって言ってるし」
「いや…だからってなぁ」
「ありえねーだろぃ」
「ほんとッスよ!ね、柳さん」
「……ああ」

赤也がにこっと笑いかけると、
柳は赤也をじっと見つめてこくんと頷いた。

「だけどさすがに…信じがたいね」
「せいいち」
「え?」
「せいいち、きょうはぶかつのあと、はなやにいくよていだな」
「…え。坊や、どうしてそれを」
「かんたんなことだ。せいいちは、まいつき
だいににちようびに、ぶかつがえりに
はなやをみにいくかくりつがたかい。
きょういくかくりつは、はちじゅーろくぱーせんとだ」
「…………」
「どうだ。おれのでーたどうりだろう」

淡々と述べられたその言葉に、
レギュラーたちは唖然とした。

――これは。
呂律こそ回ってはいないが、この喋り方、冷静さ。
まさか、本当に。

「…蓮二?」





混乱するレギュラーたちは、
とりあえず中で話し合おうと
柳蓮二を名乗る子どもを部室の中へと入れた。

「マジで、柳なわけ?」
「だから言ったじゃないッスかぁー」
「そうだね…信じるよ。蓮二、何があったの?」
「このめーるを、みてくれ」

柳が肩から下げていた小さな鞄から、携帯を取り出した。
それは紛れもなく、いつも柳が使っているもので。
これで、この少年は柳だという確実な証拠となった。

「なになに、差出人は…『博士』」
「乾のことじゃな」
「本文を読みます。『久しぶりだな教授。
実は、健康食品として新しく開発したクッキーがある。
一粒食べれば、体力も回復して栄養も取れる優れものだ。
まだ試作段階だが、蓮二には特別にひとつやろう。
若返ること間違いなしだ。速達で送ったから食べてくれ。
感想を待っている。貞治』……だ、そうです」

メールを読み終わったレギュラーたちは、納得した。
――乾、お前か!!

「で、ほんとに若返っちまったと」
「ようするに毒味させられたわけじゃな」
「なるほどね」

あの、この世のものとは思えないほど不味い
乾汁なるものを作る奴だ。
こんなものを作ってもおかしくはない。

「どうやったら元に戻れるんすかね?」

赤也が膝の上に乗せた柳に尋ねると、
柳は分からないといったように
ふるふると首を横に振った。

「まったく。はかせに、してやられた。
ひとのめいわくもかんがえてほしいものだな」

はあ、と小さく溜め息を吐いて
やれやれといったように考え込む柳。
それをじっと見つめるレギュラーたちは、
真剣な空気を保っていたものの、
堪えきれずに一斉に吹き出した。

「…なにをわらっている、おまえたち」
「あっはははは!もーダメ!腹いてーッ」
「ごめんね蓮二。あんまりにも可愛いもんだから、ふふっ」
「柳さん超かわいいッスー!!」
「にしても、こんな大人びた子どもおらんぜよ」
「柳くんは子どもの頃から品が良かったようですね」
「うむ。たまらん子どもだ」

事が深刻だと思い今まで我慢していたレギュラーたちだったが
一度笑い出すと止まらなかった。

何せ、あの柳なのだ。
いつも冷静沈着で、大人びていて
誰もが頼りにしている立海の参謀。
そんな、可愛らしさからは程遠いはずの柳が、
こんな可愛い姿になってしまったのだ。
どんなに大人びた口調で喋っても、
赤也の膝にちょこんと座る姿は
可愛いと言わざるを得なかった。

「柳さん可愛いッス!かわいー!」
「なにをするあかや。やめないかっ」

ぎゅううと抱き締めて、柳に頬擦りする赤也。
柳はやめさせようと抵抗しているが、
幼稚園児の力が敵うはずはなかった。
いつもと立場が逆転している。

その様子を面白そうに見ていたブン太と仁王が、
両側から柳のほっぺたをぷにぷにつつきながら言った。

「けどよく家からここまで来れたなー」
「その服はどうしたんじゃ」
「ふくは、こどものころにきていたものをさがした。
いえにいて、かぞくにみつかればたいへんだからな。
かぞくよりは、おまえたちのほうが
はなしをしんじてくれるかくりちゅが、たかかったのだ」

最後の方で確立をかくりちゅと噛んだことは置いといて、
確かに子どもの頃の柳の姿を知っている家族に見つかれば
大騒ぎになってしまうだろう。

「なるほどな。どうやったら元に戻れるんだろうな」
「あ、乾さんに聞いてみたらいいんじゃないッスか!?」
「いや。さだはるには、あさでんわをしたが
げんいんがわからないといっていた」
「んな無責任な…」
「もとにもどれるくすりを、つくってみるといっていたな」
「それ…飲んだらもっと変なことになるんじゃねーの?」

うーん、と柳を含めるレギュラー全員が考え込む。
が、いつもの冷静さを欠かさずに柳が言った。

「まあいまのところ、かんがえていてもしかたがない。
みんなはれんしゅうにいってくれ」
「え…けどよ、」
「これいじょう、ぶかつのしんこうをさまたげたくない。
おれはぶかつがおわるまで、でーたのせいりをしている」
「じゃあ、俺が柳さんと一緒にいるッス!」

そう言って、赤也は柳をぎゅっと抱き締めた。

「だめだ。あかやもれんしゅうにいけ」
「なんでッスか?柳さんのこと、心配だもん…俺」
「おれならだいじょうぶだ」
「でもっ!」
「あかや」
「…………はい、っす」

柳に言われてしまっては、素直に言うことを聞くしかない。
赤也がしょんぼりしていると、柳は手を伸ばして
赤也の頭をよしよしと撫でた。

「柳さん…」
「しっかりれんしゅう、してくるんだぞ」

こくんと頷く赤也に、柳は微笑んだ。
柳の体が小さいことを除けば、
本当にいつも通りの光景である。






「よし、今日の練習はここまで!」

その一声に、全部員が幸村の元へと集まった。

「今日はいつもより少し早いが、ここまでにする。
明日の朝練も、みんな遅れないようにね」
「「「はい!!!」」」
「それじゃあ今日はこれで、解散」

幸村のその言葉を合図に、
赤也は部室へと一直線に走っていった。
部活中も柳のことが心配で仕方なかったから、
部活後で疲れていようが関係なかった。


「柳さん、部活終わったッス!」

バンッ!と勢いよく部室の扉を開ける赤也の目に映ったのは。

「……あ」

ソファーの上ですやすやと眠る柳だった。
隣にはいつものノートが置いてある。

「へへ、可愛い」

つん、とほっぺたをつつくと
一瞬眉をしかめたが、起きる気配はなさそうだ。
そのままサラサラの髪を優しく撫でる。

「あれ、蓮二寝てるのかい?」
「はいッス。疲れちゃったんじゃないすかね」

中身はいつもの柳のままだとはいえ、体は幼稚園児のもの。
体力だって、落ちているに決まっているのだ。

「そりゃ体力的にも精神的にも疲れとるじゃろな」
「家からこの体で歩いて来たんだろぃ?」
「それにしても、寝てるとほんとに子どもみたいだな」

すやすやと眠る柳の姿は、見た目相応の子どもらしさがあった。
柳の寝顔など滅多にお目にかかることができないので、
仁王はこっそり写メを撮ったりしていた。
あとでからかうつもりらしい。

「普段の柳が絶対にしない顔だよなー」
「そうでもないッスよ?」

ブン太の言葉に、赤也は笑いながら言った。

「柳さんは寝るときいつもこんな感じッス。
年齢相応になるっつーか、柔らかいっていうか。
綺麗なんだけど、なんか可愛いんすよ」
「…ふーん」
「きっと、それは赤也にしか見せない顔なんだよ」
「え?」

幸村の言葉に、赤也はきょとんとして見上げた。

「俺や真田でさえ見たことがないからね。
蓮二はあまり自分の弱いところを見せないから。
だからきっと、赤也しか知らないんだよ」
「俺だけ…?」
「ね、真田」
「うむ…そのようだな」

クスクス笑いながら言う幸村に、赤也は顔が赤くなった。
毎日、何気なく見ている柳さんの顔は、
自分だけが知っているものだなんて。

「お、赤也が照れとる」
「可愛いなーお前は」
「わあっ、何するんすか先輩!」

ブン太に頭をぐじゃぐじゃ撫でられて、
じたばた抵抗する赤也を見て
部室の中はあたたかい空気に包まれた。




「じゃあ、今日はとりあえず赤也に頼んだよ」
「俺らも柳が元に戻れる方法、考えてくるからさ」
「柳くんのご自宅には上手く言っておきましたから」
「はい!りょーかいッス」

あのあと、レギュラー全員で
柳が元に戻れる方法を話し合ってはみたが、
まったく良い案が思い浮かばなかったため
ひとまず今日は解散して、明日また話し合うことになった。
この姿のまま家に帰すわけにもいかないので、
柳は赤也の家に泊まることになった。

未だにすーすー寝息を立てる柳を、
赤也がおんぶして学校を出た。

「じゃあ先輩たち、おやすみなさいッス!」

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第3回BLove小説・漫画コンテスト結果発表!
テーマ「人外ファンタジー」
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