始まってもいない、





「やなぎさーん!」

ぎゅー。

たたた、という足音が聞こえたかと思うと、
後ろから赤也が抱きついてきた。

「どうした、赤也」
「へへっ。なんでもないッスよー!」

柳が振り向こうとすると、赤也は腕を離して
今度は正面から抱きついた。

「柳さん見つけたから走ってきたッス!」
「…まったく、おかしな奴だな」

そう言いながらも、柳は赤也の体を離そうとはせず
抱き止めながら赤也の頭を撫でた。
赤也は少し頬を染めて、柳の胸に顔を埋めた。


「…あーあ、まーたふたりの世界だぜアイツら」
「空気が甘くて敵わんのぉ」
「つーか意外じゃね?」
「何がです?」
「柳ってさ、付き合ったらあんなに優しくっつーか
周りの目気にせず甘々になるのな」
「確かにね。蓮二と付き合いの長い俺たちも
想像してなかったよ。ね、真田」
「…まったく、蓮二も赤也もたるんどる!」

そう、もはや蓮二と赤也の関係は
テニス部の中では公認になっていた。
こんな風にふたりの世界に浸ってしまうのも
もはや名物となっているくらいだ。

「ふふ。まあ蓮二と赤也が幸せそうなんだから
別にいいんじゃないかな?」
「ま、そーだけどな」

呆れたようにふたりを見つつも、
なんだかんだ微笑ましいその光景を
レギュラーたちも笑って見守っていた。



「でね、先輩!日曜日、柳さん家に泊まりに行くんすよ」
「へー」
「よかったの、赤也」

昼休み、3年B組に遊びに来た赤也は
ブン太と仁王に、嬉しそうに話した。

のろけ話も聞き飽きたっつーの…と、そう思いながらも
本当に楽しそうに話す赤也を見ると
ついつい甘やかしたくなってしまう。
そこのところ、やはりレギュラーメンバーは
赤也に対して甘いのである。

「のう赤也」
「なんすか?」
「ぶっちゃけ、参謀とはどこまで行っとるんじゃ」
「へ?」
「おっ、それ俺も気になってた!隠すなよ〜赤也」

つん、と赤也のほっぺたを左右からつつきながら
仁王とブン太はいたずらっ子のように笑った。

「どこまでって…何がッスか?」
「いや、だから、どこまでしたんだよって話」
「もう行くとこまで行ったんじゃろ」
「…???」

大きい目をぱちぱちと瞬かせて、
赤也は本当に何の話か分からないといったように
こてんと首を傾げて先輩ふたりを見た。

「……もしかして、何もしてねーの?」
「え?」
「キスくらいはしたじゃろ」
「へ、キスって、誰が…誰と?」
「だーからー!お前と、柳に決まってんだろぃ」

ブン太がそう言うと、きょとんとした表情の赤也は
びっくりしたように答えた。

「はぁー?何言ってんすか先輩たち!
なんで俺と柳さんがキスなんかするんッスか」
「…え」
「なんでって…なぁ」

ブン太と仁王は、目を合わせた。
まさかとは思いつつも、もう一度赤也に尋ねる。

「だってお前らさ、付き合ってんだろ?」

ブン太のその言葉に心底驚いたような表情を見せた赤也だったが
やがて、おかしそうに吹き出した。

「あははっ!何言ってんすか先輩たち!
んなわけないじゃないッスかぁ〜」
「「…は?」」
「大体、俺も柳さんも男なのにどうやって付き合うんすか?
はは、先輩たちおもしれー!」

「「………」」

――予感的中。

「お前さあ…」
「?」

あれだけ、いちゃいちゃらぶらぶしておきながら。
赤也は、自分が柳のことを好きだということすら
気づいていなかったことが発覚。
っていうか、付き合ってなかったんかい。

「あ、そーだ!聞いてくださいよ、こないだ柳さんがー」
「「………」」

キラキラした瞳で、時折頬を染めながら
嬉しそうに柳の話をする赤也。
その表情は、恋する乙女そのものだというのに。
まさか、赤也がこれほどまでに鈍感だとは。

「こりゃ柳も大変だな」
「いや、そうとも限らんぜよ」
「なんでだよ?」
「…プリッ」

結局、ブン太と仁王はその後もずっと、
赤也の無自覚なのろけ話に付き合わされたのだった。




「精市。頼まれていた資料だ」
「ああ、蓮二。ありがとう。すまないね」
「気にするな」

一方、こちらは3年A組。
部活のスケジュールを決めるために、
幸村、真田、柳が話し合っていた。

「1年生には、もっとボールに触れる機会を
作ってやった方がいいのではないだろうか」
「うん、確かにね」
「1年生同士で試合でもさせてみるか」
「そうだね。じゃあ蓮二」
「ああ。データを元に最適の組み合わせを考えておく」
「頼んだぞ蓮二。あと練習メニューのことなのだが…」
「あ!柳さーん!!」

真剣に話し合いをしていた3人の耳に、
気の抜けた明るい声が届く。
その声に、柳の表情が和らいだのを幸村は見逃さなかった。

教室の扉の方を見ると、
赤也が笑顔でぶんぶん手を振っている。
その姿を確認した柳は微笑んだ。

「赤也、入っておいで」
「え、いいんすか?」
「ああ」
「やった!お邪魔しまーっす」

嬉しそうに柳の元へと走ってくる赤也。

「赤也、走るんじゃない。コケるぞ」
「大丈夫ッスよ、だいじょうぶ…うわっ」

つん、と机の足につまづいて、赤也の体が前へと倒れたが、
それを予測していたかのように立ち上がった柳に
難なく抱き止められたのだった。

「だから言っただろう。こんなところでコケたら
確実に怪我をするぞ、赤也」
「…ごめんなさい」

柳に抱き止められたまま、しゅんとうなだれる赤也。
そんな赤也を見て、柳は優しくふわりと笑った。

「怒っているのではない。そんな顔をするな」
「柳さん…」

しょんぼりしていた赤也が顔を上げると、
綺麗な顔で微笑まれて、顔が赤くなった。

「だが、今度からは気をつけるんだぞ」
「えへへ…はい」

ぎゅう、と抱きついてくる赤也を、柳も抱き締め返した。

「柳さん」
「なんだ?」
「俺、柳さんのこと大好きッス!」
「…ああ、俺もだよ」




「…ねえ、俺たち完全に空気なんだけど」
「………」

すぐ隣にいるのに、柳と赤也は完全に
幸村と真田のことを忘れているようだ。
さっきから女子たちが嬉しそうに
きゃあきゃあ騒いでいるし、
幸村はなんだか頭が痛くなった。

「…蓮二」
「ああ、すまない。話し合いの途中だったな」
「いやいいんだけどさ。蓮二って、そういうタイプだっけ」
「そういうタイプとは?」

蓮二は、話し合いに戻るために席へとついた。
もちろん、隣には赤也の座れる席を作って。
赤也は柳にくっつきながら、恐らくブン太にもらったであろう
チョコレート菓子をもぐもぐ食べている。

「いや…蓮二も恋人に対しては甘いんだなーってね」

呆れたように幸村が言うと、
柳と赤也からは予想外の反応が返ってきた。

「えぇっ、柳さん、恋人いるんすか!?」
「いや…そんな覚えはないが」
「…………え?」

びっくりしたように柳を見上げる赤也と、
なんのことだ?と首を傾げる柳。
しかし一番驚いているのは、幸村だった。


「…ふたりは、付き合ってるんじゃないの?」
「「………」」


一瞬の沈黙の後、柳と赤也はおかしそうに笑った。

「何を言っている精市。そんなわけがないだろう」
「え」
「あはは、そういやさっきブン太先輩と仁王先輩にも
おんなじこと言われたんすよー!」
「え、えっ?」

「「大体、俺たちは男同士だぞ(ッスよ?)」」

そう仲良くはもって、ふたりはまたおかしそうに笑った。
ねー柳さん、そうだな、などと言いながら。

もしかして、もしかすると。
蓮二も赤也も、自分の気持ちにすら気づいていないのか?
っていうかさっき、好きだよとか言い合ってなかったっけ?
ふたりが、ただの先輩と後輩ということはありえない。
衝撃を受けた幸村は、言葉を失った。

「じゃ、じゃあどうして赤也は蓮二にぎゅってしたいの?
蓮二はどうして抱き締め返すの?」
「えーそれは…うーん」
「どうしてと言われてもな」
「あ、そうだ!柳さんは優しくてあったかくて、
大好きだからぎゅーってするんッス!」
「俺も似たようなものだ。別に変な意味はない」

いやいや、それを好き同士って言うんですよ、おふたりさん。

「うむ。そうだぞ幸村、男同士なのだから
さすがにそれは無いだろう」

…ってお前もかい!
腕組みをしながら真剣に言う真田に、
幸村は今度こそ頭が痛くなった。
――もう、お前は喋るな真田!

「…しかし興味深い意見だな。
データとして書き加えておくことにしよう」

ノートを取り出し、すらすらと何かを書き留める柳。

――いや、興味深いっていうか
お前たち以外はみんな知っているよ蓮二。

柳さぁん、なに書いてんすかー?
と赤也が柳のノートを覗き込み、
俺も書きたいッス!と言って
ノートの隅に落書きを始める赤也。
柳は、こらこら、と言いながらも怒ろうとはしない。

柳の大切なノートにこんなことをして許されるのも、
きっと世界中探しても、赤也だけだろうに。

「恋は盲目…って奴みたいだね」
「…?なんだ、精市」
「なんでもないよ」

人のことには、どんな小さなことでもすぐに気づく癖に
自分の恋愛感情にはこんなにも鈍感だなんて。
幸村は、恋に鈍感な親友を見て少し笑った。

――まあ、こんな風に
可愛い一面があってもいいのかもしれない。
常に周囲に気を配り、データに抜かりの無い彼にも、
時にはデータを忘れる時間があってもいいのかも。

ふたりの中では、まだ始まってもいない恋、か。
一体、動き出すのはいつになることやら。

そう考えた幸村は、目の前で幸せそうに話す
ふたりを見ておかしそうに、こっそりと笑った。





おわり


*******


はい、終わりです。
ちょっと甘すぎたかな。(笑)

恋は盲目、な参謀かわいいよー。

察しがよくて、自分の気持ちをすぐに理解するのもいいですが
たまにはこんな可愛い柳さんをと思って。

とりあえず最近、柳さん好きすぎてやばいです。
結婚したいくらいです。
いやむしろ、赤也と柳さんに結婚してほしいです。
サイト中を柳赤で埋め尽くしたい衝動に駆られてます。

赤也は、面倒見の良い世話焼きな人と
相性がいいと思います。
柳赤だったり、白赤だったり。

私的には、白石さんの場合はすぐ
自分の気持ちに気づくと思うんですけど、
柳さんはこんな感じでもいいと思う。
人一倍、観察力のある柳さんだからこそ
こんな一面があると可愛いですよね。

ただ、柳赤は書き始めたばっかりで
まだまだ手探り状態で書いているのです。
なので、こんな柳赤はどうでしょう、とか
こっちの方がいいよー、とか
いろんな意見お待ちしております(笑)

まあ何が言いたいかと言うと、柳赤さいこー!
読んでくださってありがとうございました♪♪

2012.10.14

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