「…はぁ、はぁ」

どれくらい打ち合っていただろう。
ポイントなど数えてはいない。
もう1時間くらい経つかもしれない。
赤也はまだ1ポイントも、俺のコートに入れていない。

確かにお前は成長し、強くなった。
だが、俺に勝つにはまだ早い。


「次…いくッスよ」

それでも、赤也はやめようとはしなかった。

――ねぇ、赤也。
お前が俺たちに伝えたいことは、なんだ?



「動きが遅い、もっと右足を素早く踏み込む!」
「く…っ!まだまだ、ッ」
「ラケットの振りが甘い!ロブが大きすぎる!」
「うわ…ッ」

何度もボールを取り損ねて転んだ赤也は
それでも必死に食いついてきた。
俺が返すボールを一生懸命に追いかけている。
しかし、段々と動きが鈍くなっていた。
足元はフラフラしていて、焦点も定まらなくなっている。



「おい…止めねぇと、やばいんじゃねぇか?」
「五感が奪われ始める頃じゃの」
「もう切原くんの体力も限界でしょう」
「っ…俺、止めてくる!」

ボロボロになって倒れそうな赤也を
見ていられなくなったブン太は、
試合を止めようと駆け出した。

が、その腕を真田が掴んで止めた。

「!真田…」
「まだ、止めるな」
「けどッ」
「赤也をちゃんと見ていろ」
「……」

真田は真っ直ぐに、幸村と赤也を見据えていた。



「はぁ、はぁ…っ」

赤也の感覚が奪われ始めている。
もう試合を中断すべきだろうか。
何度もそう思ったが、こんなにも必死に
試合を続けようとする赤也を見ていると
そんな気にはなれなかった。
試合は俺の圧勝であるはずなのに、気迫で負けている。

「はぁ…サーブいきます」

息を切らしてフラフラになりながら、
赤也がサーブを打った。
だが、もう力が入らないらしく弱々しいものだった。
俺はそれをまた赤也のコートに鋭く返した。

「…っ」

赤也がそのボールを返そうと追いかけたとき、
ふら、と赤也の体が前へと倒れかけた。

「赤也!」

思わず赤也の名前を呼び、駆け寄ろうとすると
パァン!という鋭い音がコートに響いた。

「…!」

一瞬、何が起こったのか分からなかったが、
振り返ってみると、俺のコートに
ボールが転がっているのが見えた。

――俺が赤也に気を取られて油断した一瞬に…。

呆気に取られて赤也の方を見つめると、
俺を見据える赤也と目が合った。

「…っ、へへ…幸村部長から、1ポイント、取ったッス」

そう言って、今日初めて笑った赤也は
その場に倒れ込んだ。

「赤也!!」

俺が赤也の元へ走り出したのと同時に、
試合を見守っていたみんなも慌てて駆け寄った。






先輩たちの卒業の日に、
自分に出来ることはなんだろうって考えた。
普段使わない頭を使って考えた。
何かプレゼントを贈ろうか、
色紙や手紙でも書こうか。

だけど、文字や物ではどうしても
気持ちを伝えるのが難しかった。


「赤也…大丈夫?」

俺の体を抱き起こして覗き込んでくる
幸村部長と目が合った。
これだけ本気で戦ったというのに、
俺が幸村部長から取れたのは1ポイントだけ。

なんて、大きい先輩なんだろう。
俺にはまだまだ、届かない。


――アンタらを倒して、俺が立海のナンバーワンになる!

2年前に、先輩たちに向けて言ったその言葉を思い出す。
生意気だったと思う。
礼儀もなくてガキだったと思う。
いや、それは今も変わらないか。
俺がもし先輩たちの立場だったら、
俺みたいな奴ぶっ飛ばしてるとこだ。

だけど、先輩たちは優しかった。
子供な俺を見捨てたりせずに、
いろんなことを教えてくれた。

――俺は、先輩たちに、何か出来たかな?


「…赤也」

駆け寄ってきたブン太先輩が、俺の顔を覗き込むなり
心配そうな顔で俺の目尻を指で掬った。
それでようやく、自分が泣いてることに気づいた。
慌てて目をごしごしこすって、立ち上がった。

「立海大附属中のテニス部は、俺が守る!!」

立ち上がって先輩たちみんなに聞こえるように
大きな声でそう言った。
先輩たちはびっくりしたように見つめてくる。

「俺がこのテニス部を守ってやる!
俺が、絶対にまた全国でナンバーワンを獲ってやる!
絶対に絶対に、強くなってやる!!だから…ッ」


――だから、ね、先輩たち。


「だから…安心して、卒業してください」

先輩たちが守ってきたテニス部は
あまりにも大きいものだけど。
だけど、俺が絶対に受け継いでみせるから。
先輩たちの大切なこのチームを、
きっと俺がもっともっと強くしてみせるから。

目頭がまた熱くなってきて、
でもどうしても泣きたくなくてうつむいていると
目の前の幸村部長に、ふわりと抱き締められた。

「赤也、強くなったね」
「……部長」
「ありがとう赤也…ありがとう」
「…っ」

ありがとう、だなんて。
それを言いたいのは、俺の方なのに。
堪えていたはずの涙が、一気に溢れ出した。

「うっ…ひっく、幸村部長…っ」
「ふふ、こらこら。もう部長はお前だよ赤也」

――幸村部長。
ずっと俺の目標で、ずっと俺の憧れの人。
強くて優しくて、難病から復活した姿に
努力の意味を教えてもらった。
お見舞いに行ったとき、よく花の名前を教えてくれた。
副部長に怒られて俺が落ち込んでるとき、
いっぱい話を聞いてくれた。


「赤也〜…ッ」
「!ブン太先輩」

幸村部長の隣に居たブン太先輩が、
ぎゅーって抱きついてきた。

「赤也泣いてやんの、だっせ」
「ブン太先輩も、泣いてるッスよ」
「るせぇ、俺は泣いてもかっこいいだろぃ」
「へへっ…そうッスね」
「…なぁ赤也」
「何ッスか」
「……頑張れよ」
「…っ…うん」

――俺は2年の丸井ブン太。シクヨロ!

ブン太先輩。
俺が先輩たちに生意気な態度をとりまくってたときに
一番最初に話しかけてくれた。
俺がどんだけ生意気なこと言っても、
笑って頭をぐしゃぐしゃって撫でてくれた。
学校の帰りに、一緒にゲーセンに行った。
ほんとに、お兄ちゃんみたいな存在だった。

「あーもう赤也、お前が可愛くて仕方ねぇー!」
「く、苦しいッスよブン太先輩!」
「そろそろ離せブン太、赤也が窒息しちまう」

ジャッカル先輩が離してくれて、ようやく息ができた。
息を整えていると、ジャッカル先輩が
小さい紙袋を俺に差し出した。

「ほらよ、赤也」
「え…何ッスか、これ」
「俺が使ってたテープだ。欲しいって言ってただろ」
「……あ」
「頑張れよ赤也。お前ならできる」
「…っ、ジャッカル…ありが、とう」
「ああ」

ジャッカル先輩。
面倒見よくて、いつも呆れながらも
ワガママ聞いてくれるもんだから、
つい、いっぱい甘えてた。
俺がヘコんだりしてると一番に気づいてくれて、
何も言わずにご飯おごってくれた。
俺が寝坊しないように、家まで起こしに
来てくれたりもしたっけ。


「赤也」
「…仁王先輩」
「まぁそう気負いせんと。
赤也らしく、ぼちぼち頑張りんしゃい」
「…っはい」
「人生しんどくても、なんとかなるぜよ」
「仁王くん。貴方は自由すぎるのでは」
「柳生が真面目すぎるんじゃよ」
「まったく貴方は。切原くん、辛いときは
一人で抱え込んではいけませんよ」
「柳生先輩…」
「貴方は部長ですが、部活というのは
一人で成り立つものではありません。
新しい仲間と一緒に、頑張ってください。
それでも辛いときは私たちがいます」
「…はい…っ、ぐす」
「あーあ、柳生が赤也を泣かしたぜよ」
「ええ!?いえ、私はっ」

仁王先輩。
初めて会ったときからペテンかけられて、
ぜってーぶっ飛ばしてやる!って思ってたけど
いつもひょっこり現れては、何かと構ってくれて
いつの間にか仲良くなってたなぁ。
器用でなんでも出来て、不思議な魅力をもった人だった。
悪魔化した俺のことをまったく怖がる様子もなく
変わらずに接してくれて嬉しかった。


柳生先輩。
俺のテストの点数が副部長にバレて怒られたとき、
柳生先輩がいつもフォローしてくれた。
テスト前日に、英語が分かんないって泣きついたとき
付きっきりで夜遅くまで教えてくれた。
なんでも知ってて、話すのが楽しかった。
バカな俺に、いろんなこと教えてくれた。


堪えても堪えても溢れてくる涙を
ジャージの袖でごしごしこすっていると、
その腕をそっと止められた。
ふと、代わりに綺麗なハンカチが当てられる。

「柳…さん」
「しょうがない奴だな、泣き虫なところは変わらない」
「だ、だって」
「だが、それでいい」
「え…?」
「そんなお前に俺たちは支えられてきた」

ぽん、と柳さんの大きな手が頭に優しく置かれた。

「感謝している」
「柳…さん」
「だが赤也、お前の性格は誤解されやすいのが難点だ。
いいか、カッとなって行動する癖はトラブルを招く確率…」
「ふふ、蓮二。素直に寂しい、心配だって言えば?」
「……とにかく、だ。赤也」
「はいッス」
「お前は怪我も多い。気をつけるんだぞ」
「…はい」

優しい声でそう言った柳さんに、
また目頭が熱くなった。

柳さん。
いつも、いつも俺のこと気にかけてくれた。
俺が悪魔化したときも、怪我したときも。
手当てしてくれたり、体調を心配してくれたり。
そして、柳さんとダブルスを組んでいろんなことを学んだ。
柳さんが居なかったらきっと、
今の俺のテニスは無かっただろうなって。
優しく、時には厳しくしながらも側に居てくれた。

「…っ、柳さん」
「泣くな赤也。また弦一郎に叱られるぞ」
「…!」

その言葉にハッと顔を上げると、
みんなとは少し離れたところに副部長が立っていた。
いつも通り、腕を組んで仁王立ちしてるけど、
帽子を深く被っていて顔は見えない。
やがて、真田副部長はゆっくりと俺の方に近づいてきた。

「何を泣いている、赤也」
「ご、ごめんなさい…」
「たるんどる!!!」
「…っ」

副部長の腕が動いたのが見えて、思わず目をキツく閉じた。
いつもの鉄拳が来る、と思った。
――だけど。

いつまで経ってもほっぺたに痛みはなくて、
代わりにぎゅっ、と体を抱き締められる感覚がした。
恐る恐る目を開けてみると、目の前には副部長の肩が見える。
数秒かかって、ようやく自分を抱き締めているのが
真田副部長だということに気づいた。

「…ふく、ぶちょ」
「俺はもう、この部の副部長ではない」
「……」
「立海大附属中テニス部の先頭に立つのは、お前だ」

抱き締められてるから副部長の顔は見えない。
…そういや、副部長にこんな風に抱き締められるのは
初めてだなって思った。

真田副部長。
誰よりも人に厳しくて、だけどそれ以上に自分に厳しい人。
だからここまで、この人について来れた。
間違ったことは悪いってことを教えてくれて、
いつも正しい道を示してくれた。

ねぇ…真田副部長。
俺ね、副部長に殴られたり怒られたりばっかで
その度にすげぇ痛かったりしたけど。
でもほんとは、ほんとはね、
ちょっとだけ嬉しかったんッス。
真正面から思いっきり怒ってくれることが。
俺のために、怒ってくれてたこと知ってるから。

「副部長…」
「……なんだ」
「ふく、ぶちょ…っ、ありがと…」
「………」
「だいすき、ッス」

目の前の副部長に、思いっきり
ぎゅーって抱きついた。
きっと、こんな風に副部長に甘えられるなんて
一生に一度、あるかないかだろうなって思った。

「………」

副部長は強く抱き締め返してくれたけど、
ずっと無言のままだった。
不思議に思って顔を上げようとすると、
副部長の手で抑えられて上げられなかった。

「ふふ…真田が一番、赤也と離れるのが寂しいんだよね」
「!!!」
「弦一郎が涙を堪えている確率、98%だ」
「たっ…たわけが!男たるもの涙など流さんわ!」
「はは、この機械を逃しちまったら
真田が泣くとこなんか一生見れねぇかもな」
「赤也お手柄じゃの」
「おい真田、そろそろ代われよー!
俺も赤也のことぎゅーってしたいんだけど」
「駄目だよブン太。今離したら真田泣いちゃうから」
「貴様ら、勝手なことを言うな!!」

わいわい騒ぎ始めた先輩たちの声を聞いて、
ようやく分かった気がした。

――そうか…俺、寂しかったんだ。

先輩たちの残したテニス部を
上手く引っ張っていけるだろうか、とか
俺が部長でほんとに大丈夫なのかな、とか
ごちゃごちゃいろんなこと考えてたけど。
だけど、ほんとは、単純に
先輩たちが居なくなるのが寂しかったんだ。

でも、もう大丈夫。

「ねぇ先輩たち、」

先輩たちがこんなにも想ってくれた俺なら、
きっと大丈夫だから。


「卒業、おめでとうございます」


…だから。

俺と一緒にテニスしたこと、忘れないで。

もっと強くなって、また先輩たちを追いかけるから。


「先輩たち、みんな、だいすきッス」


卒業したって、みんな、ずーっと
俺の大好きな先輩だよ。


ありがとう。

尊敬する、大好きな大好きな先輩たちへ。







おわり


*******


はい、ということで
ずっと書きたかった卒業ネタ書けました!

なんか、他の学校と違って
立海は2年のレギュラーが赤也だけじゃないですか。
3年生が卒業したら、ほんとに寂しいですよね。
立海以外の学校は、3年生が卒業しても
同期や1年に一緒に戦ってきたレギュラーがいます。
けど、赤也には居ない。
これってすごい大きい違いだと思うんです。
そこでいろんな思いがあると思うんですよね。
それを表現したかったというか。

泣かずに強く先輩たちを送り出す赤也にするか、
いろいろと迷ったんですがこうなりました。
だって赤也たん絶対に泣くよ(笑)
寂しくて泣いちゃうと思います。

でもそんな赤也と同じくらい、
先輩たちも赤也と離れるのが寂しいと思います。
ブン太は赤也につられて泣いてほしい。
真田副部長にも泣いてほしい。(え)
キャラ壊さないために、泣くのを堪えてる
っていう感じにしましたが。

いやあ、なんか久しぶりに文章書いたので
楽しく書けました*
前半の幸村視点の卒業式を書くのが楽しかった。

放置しててごめんなさい。
いつも読んでくださってる方々、
ほんとにありがとうございます。

また更新復活しようかなと思ってるので
これからもよろしくです。

2012.08.16

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