失ったものは、






――それは、一瞬の出来事だった。



いつもの部活の帰り道。
丸井先輩たちと別れてひとりになってから
携帯の画面を確認すると、メールの受信が1件。


『明日、朝10時に家まで迎えに行くから用意しとけ』

「…へへっ!」

絵文字も何もない、ぶっきらぼうな短い文を
何回も何回も読み返す。

明日は、大好きな跡部さんと
久しぶりに遊園地に行く約束したんだ。
俺が跡部さんと遊園地行きたいって言ったら、
仕方ねぇなって呆れたように答えた跡部さん。
だけどほんとは嫌がってなんかないってこと知ってる。
だって、すげぇ優しい顔をしてたから。


「早く帰って準備しねぇと!」

最近は俺も跡部さんも部活が忙しくて
なかなかゆっくり会える時間がなかったから
明日のデートは何日も前からずっと楽しみにしてたんだ。
何着て行こうとか、どんな話をしようとか
跡部さんからのメールを読み返しながら
そんなことを考えて家路を急いだ。


「あーもう、信号長いっつーの…」

赤信号が、いつもの何倍も長く感じる。
別に早く帰ったって跡部さんに会えるのは明日だけど、
それでも早く家に着いて準備をしたかった。
あ、そうだ。帰ったら跡部さんに電話しよう。
早く早く、跡部さんの声が聞きたい。
跡部さんに会いたい。

横断歩道の前で信号が青に変わるのを待ちながら
そんなことを考えてたとき。
コロコロ、と俺の横をサッカーボールが通りすぎ
横断歩道へと転がって行ったのが見えた。
それを追いかけるように、小さな男の子が
走って道路に飛び出して行く。

「…あ、」


――危ねぇっ!



全部が、スローモーションに見えた。

大きく鳴らされた車のクラクション。
転がるボールに、道路の真ん中で立ち止まる子供。
周りから聞こえる悲鳴。急ブレーキをかけた車。
その、全部が。


気がつけば、道路に向かって走り出してた。
ただただ必死に、その子供に手を伸ばして
歩道へと突き飛ばした。

持ってた携帯がグシャッと音を立てて
タイヤに潰された音が聞こえて。
目の前に車が迫ってきた瞬間、
大好きな跡部さんの顔が、頭の中をよぎって。


――その後のことは、よく覚えてない。





「赤也!!!」

立海レギュラーたちが病院に駆けつけたのは、
赤也が病院に運ばれてから約1時間後のことだった。

「赤也、おい赤也ッ!!」
「落ち着いてください。命に別状はありません。
打ち所がよかったのか、奇跡的に大きな怪我もしていません。
もうすぐ目も覚ます頃でしょう」

医者のその言葉を聞いて、力が抜けたように
その場に座り込む丸井。
他のメンバーたちも、心底ほっとしたように
肩を撫で下ろして深く息を吐いた。

「馬鹿野郎…死ぬほど心配しただろぃ」
「無事でよかったのう、赤也」
「ったく、コイツは…」

全員が、眠る赤也の顔を安心したような優しい目で見つめる。

「ほんとに無茶ばかりして…お説教だね」

微笑みながら、そっと赤也の前髪をかき分けて頭を撫でる幸村。
その優しい手を受けて、赤也の瞼がぴくりと動いた。


「……ん…」
「赤也!」
「しーっ、ブン太。赤也、目が覚めたかい?」
「…ん……ぶちょ、う?」
「そうだよ。おはよう赤也」

ぼんやりと幸村を見つめる赤也。
やがてキョロキョロと病室を見渡した。

「ここ、どこ…ッスか?」
「病院だっつーの。覚えてねぇのか?」
「…病院」

顔を覗き込んできた丸井を見つめ返し、
しばらくぼーっと何かを考えていた赤也は
突然ハッとした表情を見せて飛び起きた。

「子供…あの子はっ!?ボール追いかけて、車が来てっ」
「落ち着け赤也、大丈夫だ」
「切原君がかばった子供は、かすり傷で済んだそうです」
「…!そっ、か」

ほっとしたように、強ばった体から力が抜けて
ふらついた赤也の体を幸村が抱き止める。

「心配ばかりかけて…びっくりしたんだからね、赤也」
「部長…ごめんなさい」

真剣な顔で言う幸村を見て、
本当に心配させてしまったんだと理解し、うつむく赤也。
反省した様子の赤也に、それを見守っていた全員が
クスッと笑みを漏らした。
丸井が赤也の頭をぐしゃぐしゃと撫でてから
ほっぺたをきゅっと引っ張る。

「ったくよぉ、無茶しやがってこのアホ!」
「ぶんたしぇんぱい、いひゃいッス!」
「うるせー!ほっぺた100回つねりの刑だッ」
「ぎゃーっ」
「まぁまぁブンちゃん。とにかく大したことなくて安心じゃ」
「後先考えずに、お前らしいな赤也」
「しかし今度からは自分のこともきちんと考えてくださいよ」
「はぁーい」

大した怪我もなく、思ったよりも元気そうな赤也を
幸村、真田、柳は優しい目で見つめた。


「赤也」
「!ふく、ぶちょうっ」

今まで黙っていた真田が、赤也のベッドの隣へ歩み寄る。

「赤也、たるんどる!」
「は、はいぃ!!」

スッと真田の手が伸びてきて、びくんと肩が跳ねる。
思わずぎゅっと目を瞑り身構える赤也。

しかし赤也の頬には、予想とは違って
大きな手がそっと添えられただけだった。


「…お前という奴は」
「副部長…」

あたたかい手で優しく頬を撫でられて、
赤也の目にじわりと涙が溜まった。


「あー、真田が赤也泣かしたー」
「泣かせたのう」
「…泣かせましたね」
「なっ…!お、俺は泣かせるようなことをしたのかッ!?」
「うん、したね。ね、赤也」
「……ぐすっ」

よしよしと宥める幸村に、ぎゅっと抱き付きながら
涙を堪えようとする赤也。
真田が珍しく焦る様子に、他のメンバーたちは
おかしそうに吹き出している。
先輩たちの優しさ、あたたかさが身に染みた。


しばらくの間、あははと腹を抱えて笑っていた丸井だったが
あ、そうだ、と思い出したように赤也に笑いかけた。

「赤也。跡部にもさっき連絡しといたから、
きっともうすぐ来ると思うぜぃ」
「……え?」
「今頃、死ぬほど心配してんじゃねぇか?」
「赤也が事故に遭った、としか伝えてないんじゃよ」
「無事だと伝えた方がいいのでは?」
「いいじゃん。びっくりさせよーぜ!」
「跡部の焦ってる顔なんか滅多に見れんからの」

楽しそうに話す丸井たちを、
赤也は不思議そうな顔で見つめている。

「どうしたの?赤也」
「部長…」
「もうすぐ到着すると思うよ、跡部」
「ねぇ部長、跡部って、」


きょとんとした表情の赤也は
大きな瞳で幸村を見つめて、言った。


「誰?それ」





「切原!!!」

バンッ!と扉を乱暴に開けて
息を切らして飛び込んで来た跡部に、
部屋に居た立海レギュラーたちが注目した。
赤也もきょとんとした目で、ドアのに立つ跡部を見つめる。


「切原、無事か!?」

焦ったように赤也のベッドまで駆け寄り、
赤也の肩を抱いて顔を覗き込む跡部。
驚いたような表情の赤也は、
やがて困惑したようにコクリと小さく頷いた。

事故に遭ったと聞いたとき、血の気が引いた。
ドクドクと心臓が速まり、冷や汗が出た。
無事で居てくれ、とひたすら祈った。
だが、来てみれば想像とは違って元気そうな赤也の姿。

「…心配しただろうが。馬鹿」

ほっとした表情で、赤也の頭を優しく撫でる跡部。
だが、赤也の口からは、予想もしなかった言葉が飛び出した。


「先輩…この人が、跡部って人ッスか?」


「……!」

その言葉に、頭を殴られたような感覚を覚える。
黙っていた立海レギュラーたちは、
チラリと跡部を見て気まずそうに言った。

「跡部…あの、さ」
「赤也の奴…お前のこと、」


「覚えてねぇみたいなんだわ」



――何を、言ってる?


不思議そうに見つめてくる赤也。
まるで、知らない人を見ているかのような。


「ねぇ、アンタ…だれ?」




――失ったものは、

何よりも誰よりも大切だったはずの
大好きなあなたへの、想い。






つづく


*******


ルッコラさんからのリクエストが
跡赤の記憶喪失ものだったのですが、
かなり細かいところまでリクエストいただき
何日か考えた結果、1話じゃ収まりきらないな、と
思ったので連載という形にさせていただきました。
なるべく早めに更新しますのでよろしくです!

ルッコラさん、いつもほんとに
ありがとうございます♪

2012.05.03

「#ファンタジー」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -