大きな、恋心




リクエスト第十六段!
蔵さんからのリクエストで、
「白→←赤←跡で、すれ違ってるふたりにべ様がつけこむ」
とのことだったので、書かせていただきました♪
それでは、どうぞ!


*******



「じゃあ白石さん、おやすみなさいッス!」
「うん、おやすみ切原クン。また明日な」

優しい笑顔で返す白石に元気に手を振りながら、
赤也は廊下を走って自分の部屋へと向かった。

最近、1日の練習が終わると、白石と赤也は
夕食を一緒にとることが多くなった。
そしてその後のわずかな自由時間は必ず、
ロビーや宿舎の外のベンチでふたりで話をする。
どちらかが言い出したでもなく、自然に決まったこと。
今日の練習はどうだったとか、
大阪のオススメの観光地はどこだとか、
他愛のない話ばかりだが、心が落ち着く楽しい時間だった。




部屋に帰った赤也は、ベッドへとダイブし
枕をぎゅっと抱き締めた。


「…白石、さん」

ぽつりと名前を呼んでみて、赤面する。
白石への気持ちが、単なる尊敬や憧れだけではないことは
赤也は気づいていた。
最初のうちは自分の気持ちを否定していたが、
一度認めてしまえば、好きだという想いが
すとんと胸に落ちてきた。


――『切原クン』

そうやって自分の名前を呼ぶ優しい声も、
頭を撫でてくれるあたたかい手も大好きで。
もっと近くに居たい、もっと話をしたい。
そんな想いは、日々強くなるばかりだった。

しかし、自分も相手も男だという事実。
気持ちを伝えると、嫌われるかもしれないという恐怖。
迷惑をかけるのでは、という不安。

「…だから、言わねぇって決めたんだ」

男というだけで、もう諦めなければならない恋。
だけど、一緒に居る時間が心地良すぎて。
せめてもう少しだけ、もう少しだけでいいから側に居たい。

たとえ、叶わない恋だとしても、側に居るだけで。


「……白石さん」

大好きな人の名前をもう一度呼んで、
赤也は眠りに就いた。




「なぁ白石」
「ん…謙也か。なに?」

練習の合間の休憩時間、ひとりでベンチに座っている白石に
親友である謙也が声をかけた。

「何っちゅーわけでもないねんけどな。
珍しくぼーっとしとるから、どないしたんか思て」
「ああ、別になんでもあらへんで」
「アホか。親友の目はごまかされへんっちゅー話や」

ビシッと白石の頭に軽くチョップしてから、
隣に腰を下ろす謙也。

「切原のことちゃうん」
「…そろそろ練習始まるなぁ」
「おい白石」

ごまかそうとした白石に謙也がもう一度問いただそうとすると
白石は苦笑だけを返した。

「白石でも悩むことてあるねんな」
「俺も人間やからな」
「まぁ、せやな。ちゅーか、前から思っとってんけど
なんで切原に告らへんねん?好きなんやろ」
「……」
「切原もお前のこと絶対好きやん」
「そんなことあらへん」
「いやいや、励ますためにゆうてるんとちゃうで。
周りから誰が見ても切原は白石のこと、」
「謙也」

その言葉を謙也が言う前に、
白石はベンチから立ち上がった。

「次俺、向こうのコートで試合やったわ」
「白石…」
「ほなまた、後でな」

そう言って白石は、いつもの爽やかな笑みを残し
コートに入って行った。

「…う〜ん、謎や」





「白石、トゥサーブ!」

審判の一声を合図に、試合が始まった。


――周りから誰が見ても切原は白石のこと、


さっきの謙也の言葉が頭の中でリピートされる。

人の気持ちに敏感な白石は、
赤也が自分に特別な感情を抱いていることに
気づいていないわけではなかった。

そして、自分自身も赤也に対して
可愛い後輩、テニス仲間、チームメイトとは違った
特別な感情を向けてしまっていることにも。


最初は、ただ戸惑った。
会ったばかりの、しかも男相手に
いわゆる恋というやつをしてしまっている自分が
信じられなかったのである。
今までに経験したことのない感情に、
単なる気の迷いなどではないことにも気付いた。

――せやけど、気付いたからって
どうにかなるもんでもない。


好きだと言えば、赤也からも同じ返事がくるかもしれない。
だが、白石は言うつもりはなかった。
男同士というのは、そんなに簡単なものではない。
まだまともに恋愛もしたことがないであろう赤也を、
一時の感情で特殊な方の世界に引き込むわけにはいかない。

そう、毎日自分に言い聞かせた。





「それで、真田副部長がすっげぇ怒って、
俺も丸井先輩もビビりまくりだったんッス!」
「はは、そうなんや」
「それでそれで、その後に幸村部長が来てっ」

今日もいつも通り、ふたりの時間を過ごす。
嬉しそうに一生懸命に自分に話をする
赤也の頬が染まっているのを見て
愛しさという感情が募るのを感じる。
どんなに自分の気持ちをごまかそうとしても、
毎日この時間がくると、赤也のことを可愛いと
愛しいと思わずにはいられなかった。


「…白石さん?」

顔を覗き込まれて、はっとした。
切原クンは心配そうな表情をしてる。

俺は、今どんな顔してたんやろか。

「堪忍…なんでもあらへんで」
「そう、ッスか?」
「ん。おおきに、心配してくれて」

そう言って、頭を撫でてやると
切原クンの顔が真っ赤に染まった。
照れたようにうつむいてる。
その姿にまた心臓が音を立てた。


――俺は、


声に出しかけたその言葉を飲み込む。
何言おうとしとんねん。
ごまかすように、切原クンの頭から手を離した。


「そろそろ遅いし、部屋帰ろか」
「あっ…」

立ち上がろうとすると、切原クンが俺の服の裾を掴んだ。

「切原クン?」
「!いや…あのっ」

慌ててぱっと手を離して、うつむいてしまう。
もう一度、切原クンの隣に腰を下ろして
何か言いたそうな表情を見つめた。

「白石、さん…」
「うん?どないしたん?」

うつむいたままの切原クンの頭を
もう一度優しく撫でてやると、
ゆっくりと顔を上げた。
その顔を見て、一瞬、息をするのを忘れた。

泣きそうな、苦しそうな顔。
頬を赤く染めて、すがるように見つめられた。
すごく、切なそうな。


「あ、の…」
「…ん」
「俺…おれ、白石さんのこと…っ」

潤んだ大きな瞳から、涙がこぼれそうに見えた。

何より驚いたのは、自分の心臓が
ドキドキと大きく音を鳴らしていること。
その言葉の続きを聞きたいような、
聞きたくないような。
そんなわけの分からへん感情にとらわれた。


「……」
「………」

しばらく、無言の時間が続く。
たぶん数十秒くらいやったけど、
1分にも1時間にも感じた。

やがて、切原クンがまた口を開いた。

「……なんでも、ないッス」

消えそうな、小さな声やった。





白石と別れて部屋に戻ってもう1時間以上経つが、
赤也は眠れずに何度も寝返りを打った。

「…何言おうとしてたんだよ…俺」


好きだと、言おうとした。
立ち上がって自分から離れてしまう白石さんを
思わず呼び止めて。

言って、どうするつもりだったんだよ。
何を期待してんだよ、俺は。バカか。

だけど、言ったらきっと、もう今みたいに
ふたりで一緒に居られなくなる気がして。
怖くなって、言うのを止めた。
心臓がズキッと痛んだ。

苦しい。苦しいよ。
白石さん…。


「……だい、すき」

消えそうな声で呟いた言葉は、
大好きな人の耳に届くことはなかった。




次の日。
いつものように、練習が終わったあと
白石と赤也は食堂で一緒に夕食をとった。
赤也が楽しそうに一生懸命話し、
白石も優しく笑いながら相槌を打っている。

本当にいつも通り。そのはずだった。


「ごちそーさまでした!」
「おいしかったな」
「はいッス!」

にこにこと笑う赤也に、白石も微笑み返した。
夕食を終えたら、いつも通りふたりで
ロビーに行くか外を散歩してベンチに座るか。

――だけど。


「ほな切原クン、また明日な」
「……えっ?」

赤也は驚いたように、立ち上がる白石を見上げた。
いつもなら、この後ふたりで…。

「明日も練習がんばろな。ゆっくり寝るんやで」
「は…い、」
「ほな、おやすみ切原クン」
「…おやすみなさい」

そう言って、白石は早々と食堂から出て行った。
残された赤也は、最初はポカンとしていたが
やがて、もたもたと食器の片付けを始めた。


「あり?」
「どうしたブン太」
「見ろよジャッカル、赤也のやつひとりだぜ」
「…白石はどうしたんだ?」
「さぁ。おーい、あーかや!」

ブン太とジャッカルが駆け寄っても、
赤也はぼーっとしていて気づかない。

「赤也っ」
「!せん、ぱい」

ぽんと肩をたたくと、はっとしたように振り返った。

「お前ひとりか?赤也」
「白石は?いつも飯のあと一緒だろぃ」
「…え、と」

少し戸惑ったような表情を見せた赤也は、
すぐに笑顔で答えた。

「今日は白石さん、部屋に戻るって!」
「……ふーん?」
「じゃあ、俺も疲れたんで風呂入って寝ます!
おやすみなさーいッス」
「お、おう!おやすみ赤也」

笑顔でそう告げて、走って食堂を出て行く赤也。
だが、その笑顔にはいつものような元気さはなかった。





――きっと、白石さん練習で疲れてるんだ。
そりゃ、毎日遅くまで話すなんてしんどいよな。

自分は白石さんと話すのが楽しくて幸せで仕方なかったから
苦になんてならなかったけど、
そんなの俺の勝手な都合だもんな。
そう自分に言い聞かせて、廊下を走った。




ドンッ

「いてっ!」

前を見ずにうつむいて廊下を走っていた赤也は、
角を曲がる瞬間に誰かとぶつかった。
結構な勢いでぶつかったらしく、体が後ろによろける。
だけど、倒れると思った自分の体は、その人に支えられていた。


「…何やってんだテメェは」
「!跡部さんっ」

ぶつかった人物は、氷帝部長、跡部景吾だった。
慌てて体を離す赤也。

「わっ、す、すんません!!」
「…こんな狭い廊下、走ってんじゃねぇ」
「はいッス…ごめんなさい」

しょんぼりとして謝る赤也。
その頭をぐしゃ、と乱暴に撫でる。

「おい」
「なんすか?」
「…何か、あったのか」
「え?ど…どうして」
「泣きそうな顔してんだろーが」
「!」

跡部に言われて、白石が理由も告げずに突然帰ったことが
思ったよりもショックだったのだと思い知らされる。

「な、んでも…ないッス」
「……そうかよ」

震える声で言うと、跡部は
それ以上は何も聞いてくることはなかった。

「オラ、行くぞ」
「へ?どこに」
「アーン?お前、部屋に帰ろうとしてたんじゃねぇのかよ」
「そ、そうッスけど」
「だったらさっさと行くぞ。お子様は早く寝ろ」
「おっ…お子様じゃないッスよ!」

歩き始めた跡部の後を、赤也は慌てて追った。




「…何を悩んでんのかは知らねぇが」
「え…」
「んな暗い顔してんじゃねぇ。似合わねーんだよ」
「跡部、さん」
「早く寝ろ。じゃあな」

赤也を部屋の前まで送り届けると、
跡部はまた来た道を戻って行った。


――行くところがあったはずなのに
わざわざ心配して送ってくれたんだ…。

不器用な跡部の優しさが、身に染みた。


「跡部さん!」
「なんだ」
「ありがとうございますっ!」
「……フン」
「へへ、おやすみなさい!」

笑顔でそう伝えて、赤也は扉を閉めた。



そう、きっと悲しいのは今日だけ。
明日になれば、また白石さんに会えるんだ。

明日は、どんなことを話そうか。
今日の分も、いっぱいいっぱい話そう。
そしたらきっと白石さんは、
いつもみたいに優しく笑いながら
頭を撫でてくれるんだ。


「…早く、明日になればいいのに」

そう呟いて、ゆっくり目を閉じた。

白石さんはもう寝たかなぁ。
そうだ、明日は大阪の話をまた聞かせてもらおう。


次第に眠りへと沈んでいく意識の中で、
赤也は白石のことを想った。





――だけど。

次の日も、また次の日も。

白石さんは夕食を終えると、
すぐに部屋に戻って行ってしまった。

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