「ふぁ…ねみぃ」

うとうとしながら、なんとか日本史の授業を乗りきった。

「あ、これ侑士に返しに行かねぇと」

侑士も昼からの授業で使うって言ってたし。
早めに返しに行っとこう。
俺は、資料集を持って教室を出た。



「ゆーしー……あ、」

侑士の教室を覗いて、侑士が座ってるはずの席を見る。
侑士は、俺に会いにくるとき以外はほとんど
自分の席で座って本を読んでるから。
今も、侑士は席に座ってる。
ただいつもと違うのは、数人の女子に囲まれてるってことだ。

「ねぇねぇ忍足くん、彼女ってどんな子なの?」
「お願いっ、教えて〜」
「年上の綺麗な人なイメージだけど」
「あ、それ分かる。それか、意外と氷帝に居るとか?」

侑士に彼女が居るってことは、1日で随分と
広まってしまったらしい。
正確には、彼氏、なんだけど。
女子たちは興味津々といった様子で侑士を取り囲んでいる。
侑士は、その話を聞いてるのか聞いてないのか
頬杖をついて窓の外を見てた。

「忍足くんてば〜」
「知られたくないような彼女とか?」
「あはは、人に紹介したくないような?」


ズキン。

何気なく冗談混じりで言ったであろうその言葉に、
また心臓の奥が深く痛んだ。


――自慢できるような彼女じゃないんじゃないの?


「……っ」

これ以上、聞いていられそうになくて
俺は資料集を返さないまま走って教室に戻った。





あーもう、やかましいなぁ。
昨日のあの子、言いふらしよったな。
やから口の軽い女は嫌いやねん。
なんかごちゃごちゃ聞いてくるけど、
めんどくさくてずっと窓の外を見とった。

そういえば、岳人、資料集返しに来ぇへんな。
いつもなら授業終わったらすぐ返しに来るのに。
そんな風に岳人のことをぼーっと考えとった。
そう、その言葉を言われるまでは。

「忍足くんてば〜」
「知られたくないような彼女とか?」
「あはは、人に紹介したくないような?」

きっと、ほんまに何気なく冗談混じりで言ったその言葉。
せやけど、俺を不愉快にするには充分やったらしい。

「なーんてね。ねぇ忍足くん、」
「…どいてくれへんか」
「え?」
「やから、さっきからぎゃあぎゃあ気ぃ触るねん」
「………」
「まだ俺になんか用あるん?」

自分でも久しぶりに聞くくらい、冷たい声が出た。
普段の俺なら、絶対に言わんこと。
天才やらポーカーフェイスやら言われとるけど
たったひとりの人間のことでここまで
感情剥き出しにするやなんて、笑えるやんか。

――岳人が聞いてへんでよかった。

岳人は、見た目に反してめちゃめちゃ男らしいけど
自分より他人優先してまうとこがあって
こんなん聞いたら、俺に気ぃ使って悩んでまう。
岳人には、こんなん絶対に聞かせたらあかん。





「岳人…あれ、おらへん」

昼休み、いつもみたいに岳人と飯食おう思て
岳人の教室行ったけど、当の本人がおらんかった。
トイレでも行っとんのか?

「あっれ、おっしー何してんの?」
「ジローに滝…。岳人知らん?」
「がっくん、俺たちが一緒に食堂行こって誘ったら
今日はちょっと用事があるからって
ひとりで弁当持ってどっか行ったC〜。
おっしーにも言っといてってさ」
「…そうなん?」

そんなこと、朝から一言もゆうてへんかったけど。

「忍足、岳人と約束してたの?」
「あっ!そういえば、はいこれ!」
「!これ…」
「がっくんがさっき、おっしーに返しといてって
俺たちに渡して行ったんだCぃ〜」

嫌な予感が、した。

まさか、岳人。
さっきの話…聞いとった?





昼休み、ジローと滝が食堂行こうって誘ってきた。
いつも昼休みは、侑士やみんなと一緒に食べる。
大体が侑士とふたりのことが多いけど。
もうすぐ侑士が、弁当持って迎えに来る。

――今、俺…いつも通り、侑士の前で笑えるか?

きっと無理だ。勘の良い侑士のことだから
俺の様子がおかしいことなんてすぐに気づく。
そう考えて、思わず教室を飛び出して
ひとりで屋上に来た。

「……おいしい」

侑士が朝、俺の分も作ってくれた弁当。
相変わらずおいしい。
けど、気持ちは沈んだままだった。

――ひとりで昼飯食ったのなんか、初めてだな…。

侑士が弁当に入れてくれた唐揚げをかじった。
やっばり、ひとりで食べても、楽しくねぇ。

「侑士…」

なあ侑士。俺、ほんとにいいのか?
間違ってない?
お前さ、すげぇたくさんの人から好かれてて、
綺麗な人だって可愛い子だって居るのに。
なのに…男の俺と。

どうかしてる。こんなこと考えるなんて。
けど、なんか今、ダメだ。
俺と付き合ってなかったら、侑士は
どんな人を好きになってたんだろう。
そう考えると、心臓がぎゅって痛くなった。
体育座りした自分の膝に、顔を埋めた。

「侑士…」
「なに?岳人」
「…………っ!?」

背中から聞こえた声に、びっくりして肩が跳ねた。

「がっくん何してんの?こんなとこでひとりで」
「……あ、えっと」

やばい。なんか言い訳しねぇと。

「ちょっと用事あって…もう終わった、けど」
「………」
「わりぃ、侑士」

そう言って、侑士に笑いかけた。
すると、侑士にほっぺたを両手で包まれて
顔を覗き込まれる。

「なぁ岳人、さっきの話聞いとったんやろ?」
「…は?なんのこと」
「岳人」
「………」
「岳人、あんなん気にしとるん?」
「!」

――あんなん、って。
その言葉で、俺の中の何かがはじけた気がした。
人前で何にも考えずにくっついたり、
会いたかっただの言う侑士には分かんねぇよ。
俺と侑士が付き合ってることがバレたら、
お前のこと好きな奴らから、お前が笑われるんだぞ。
俺のせいで。俺が男っていう、それだけのせいで。

「侑士には、分かんねぇよ…」
「岳人、」
「なんだよ!大体、侑士は周り見なさすぎだっつーの!
もし俺と付き合ってることバレたらどーすんだよ!
昨日の子に言ったんだろ、付き合ってる奴居る、って」
「岳人、聞いてや」
「うるせぇっ!めちゃくちゃ噂広まってんじゃねーか!
もし、もしも俺が侑士と付き合ってるってバレたら…
侑士は笑われるんだぜっ!
もっとちゃんと考えろっつーのアホ侑士!
俺はっ!……俺は、侑士がみんなに
自慢できるような恋人じゃ…な…いっ」

溜め込んでたことを一気に吐いて、軽く目眩がした。
目がじわじわと涙で滲んで、前がよく見えない。
それを誤魔化すように、言ってしまったひとこと。

「俺、侑士の側に居ねぇ方がいいんじゃねぇの…」

言ってから、後悔した。
自分で言ったことなのに、心臓が苦しくなる。
どうして、どうして。
男っていうだけで、こんなに辛い思いをしなきゃなんねぇ?
こぼれそうな涙を必死に我慢して、うつむいた。

「…岳人。それ、本気でゆうとるん」

いつもより低い侑士の声に、体が跳ねる。

「俺が、岳人が俺の側におらん方がええて、
思っとるって本気でゆうてるん?」
「………」

普段と全く違う侑士の雰囲気に、思わず黙り込んでしまった。
侑士が、怒ってる。

違う。そんなこと、思ってない。
侑士が俺のことほんとに大切にしてくれて
ほんとに好きでいてくれてるのなんか、分かってるのに。
だけど…だけどさ、侑士。
俺のせいでお前が悪く言われんの、たまんなく嫌なんだよ。

「岳人…」
「…………」
「俺とおったら、しんどいか?
俺は岳人のこと…苦しめてしもてるんやろか」
「…!」

その言葉に思わず顔を上げると、侑士と目が合った。
怒ってるかと思った侑士は、すげぇ悲しそうな目をしてて。
俺は、言っちゃいけないことを言ったんだと思った。

――侑士を、傷つけた。

「ち、ちがう…っ」

苦しめられてなんか、いないのに。
一緒に笑って、一緒にテニスして、一緒にご飯食べて
キスして、抱き締めて、いっぱい触れ合って。
侑士と過ごす時間はいつもあったかくて。
俺は、その時間が好きだったんじゃないのか?
なのに、勝手に悩んで、酷いこと言って、侑士を傷つけて。

今さら、侑士が隣に居ない自分なんか、考えられないのに。
どう足掻いたって、侑士のこと好きな気持ちは
消せるもんじゃなかったのに。


「……ごめっ、ごめ…ん」

だけど、苦しかったんだ。

「ゆうし、侑士…ごめんっ…」

胸を張って、侑士の恋人だと言えないことが。


一度流れた涙は止まらなくて、ぼろぼろこぼれ落ちる。
手でこすっても、こすってもまた溢れて。


「……岳人」
「!ゆ、うし」

ふわりと侑士の匂いがした。
気づけば、俺は侑士の腕に抱き締められていた。

「岳人、堪忍な…ひとりで悩ませてしもて」
「……ゆーし…」
「今日とか昨日だけやないんやろ?
こんだけ溜め込むまで、悩んでたんやな」
「…っ」

そうなのかも、しれない。
ほんとはずっと不安だったのかもしれない。
胸を張って、侑士の恋人だと言えないこと。
いつか、誰かに侑士をとられるんじゃないかってこと。
男の俺が、侑士を幸せにできるのかってこと。

気づかないフリをしてた。
だって、侑士が優しかったから。
侑士と一緒に居る時間が、
あまりにも心地良くて幸せだったから。
気づきたくなかっただけなのかもしれない。


「岳人…俺な、間違ったことしとると思てへん」
「………」
「男を好きになったんやない、岳人を好きになったんやから。
確かに、周りには理解されにくいことかもしれへん。
せやけど、俺は…岳人やないと…あかんねん」

俺の体を抱き締める侑士の腕に、力が入る。

「俺は、別に岳人と付き合うてるて
みんなにバレてもええ思っとる」
「!そんなことしたら、侑士が…」
「岳人かて、おんなじやん。
岳人がひとりで辛い思いするぐらいやったら、
俺は恋人は岳人って言いたい。
他の奴なんかどうでもええねん。
俺には、ほんまに…岳人だけやねんから」
「…侑士」
「やから、岳人…俺のこと、好きでおってや。
岳人のこと悪く言う奴おったら、俺が守ったるから…」

侑士の言葉に、じわじわと胸にあったかいものが込み上げてくる。
目からは、ぼたぼた涙が落ちる。

――ああ、そっか。

こんなにも、簡単なことだったんだ。
俺は侑士と一緒に居たくて、
侑士は俺と一緒に居たい。

「……っ、ひ、っく」
「好きや…岳人」
「おれ、俺っ…ゆうしが、告白されんのっ…嫌で」
「…うん」
「俺が、侑士の恋人だって、言いたかっ…けど、
侑士が変な風に言われんのが、怖くて…っ、ぐす」

泣いてて何言ってるか自分でもよく分からないけど、
侑士はずっと抱き締めて頭を撫でてくれた。
そのあったかさが改めて幸せなものだと感じて
俺も、侑士が離れて行かないように強く抱き締め返した。

「おれ、男だけど…っ、侑士が周りに
自慢できるような、恋人じゃ…ない、けどっ」
「…アホやなぁがっくんは。がっくん、俺にとって
めっちゃ自慢の恋人やねんで?
可愛ええし、優しいし、言いふらしたいくらいやわ」
「……っ、ひっく」
「なあ岳人…大好きやで。ずーっと、愛しとる」
「ゆ…しっ、侑士…好き、だいすき…っ」


だから、ずっと離れないで。

ずっと、好きで居てほしい。


辛くても苦しくても、それでもやっぱり
一緒に居たいから。

なあ、侑士。

好きになってくれて、ありがとな。

泣き止んだら、そう言おう。

いつもは恥ずかしくて言えねぇけど、
今すごくすごく伝えたい。


側に居てくれて、ありがとう。





おわり


*******


gumiさんからのリクエストでした!
お待たせいたしました*
なんか、無駄に長くてすみません(笑)

というか、これは喧嘩なんでしょうか?
違う気がします。
ほんとに、ごめんなさい。(土下座)

私がいつも書く小説は、
がっくんがいろんな人に好かれてモテモテで
そんな無防備ながっくんが心配で仕方ない侑士
って感じのが多いんですが…。
今回は、がっくんの方に侑士のことで
いろいろと悩んでもらいました。

結局は、お互いに依存し合ってればいいと思います。

忍岳は大本命なだけあって、
いちいち気合いを入れすぎてしまい
完成に2日を要しました(笑)

ご希望に叶ったかは不安ですが…;
gumiさん、わたしの小説を誉めてくださって
本当にありがとうございます!
いやもうほんと、応援してくれる人が居る限りは
続けたいと思っておりますので。

これからもよろしくお願いします♪
読んでくださった方々、ありがとうございました*
忍岳さいこー!!!

2012.04.14

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