夏、初恋




黎人さんからのリクエストです!
お待たせいたしました*
当サイト初の菊岳でございます。
それでは、どうぞ!


*******



「おい見ろよ侑士。
こっちはアクロバティックで有名な菊丸だぜ」

「上には上が居るってこと、教えてやるよ」


そう、アクロバティックで
俺の右に出るものなんか居ない。
これだけは絶対に譲るもんか。
最初は、ただただ対抗心だけだった。


「ゲームアンドマッチ!桃城、菊丸ペア!」


けど、俺は負けてしまった。
直接アクロバティック対決をしたわけじゃねぇけど、
俺にとっちゃ絶対に負けたくない試合で。



「…くそくそ!」

試合後、侑士と一緒に応援席に戻ってからも
ずっとイライラは収まらなくて。
無意識に握った拳に力が入る。


「岳人の奴、荒れてんなぁ」
「仕方ないですよ…プライドの高い向日さんが負けたんです。
しかもアクロバティックで有名な菊丸に」
「あはは、がっくん負けず嫌いだからね〜」

少し離れたところで宍戸と鳳と珍しく起きてるジローが
心配そうにこっちを見てるけど、
それを気にしているほど今は余裕がなかった。

――悔しい、悔しい…っ!

思わずうつむいて、膝の上に乗せた手を
また強くぎゅっと握った。


「…岳人、堪忍な。俺がもっとしっかりペース配分考えとったら」
「別にっ…侑士のせいじゃねぇだろ!」

俺の隣に腰を下ろして、さりげなく
タオルをかけてくれる侑士。
侑士は、いつもこんな感じだ。
明らかに俺のスタミナ不足のせいなのに、
絶対にそんなことを言わない。
絶対に俺を見捨てずに、ダブルスを組んでてくれる。

ぽん、と侑士の優しい手が頭に乗せられて、
俺は不覚にも目頭が熱くなった。
それをごまかすために、勢いよく立ち上がる。

「岳人」
「…っ、水買ってくる!すぐ戻るから!」

これ以上みんなと居たら涙が出そうで、
俺は走って応援席から離れた。



「……はぁ、はぁ」

全力で走って、気がつけば
コートから随分と離れた場所まで来ていた。
近くに自販機があるけど、買う気が起きない。
行く宛もなく、俺は小さなベンチに腰を下ろした。

「………」

脳裏にさっきの試合が甦る。
いろんな意味で、絶対に負けられない試合だった。
氷帝を全国に導くためにも、そして
自分自身の誇りのためにも。

「…っ」

泣くなんてダサいって分かってるのに、
弱い自分が情けなくて、
勝てなかったことが悔しくて。
周囲に誰も居ないことを確認してから、
俺は声を殺して泣いた。

「……っ、ぐす」

目をこすってもこすっても、涙が出てくる。
けど、あとちょっとだけ。
もうちょっとだけ泣いたら、ちゃんといつもの顔で
みんなのところに帰るから…。



「あっれー?向日じゃん!」
「………!」

突然聞こえた声に思わず反射的に顔を上げると、
すぐ近くの自販機の前に、今いちばん会いたくない奴が立ってた。

「菊丸…」

一瞬、ぽかんとして見つめてしまったけど、
すぐに菊丸を威嚇するように睨み付けてやった。
それでも全く怯むことなく、それどころか
菊丸はこっちに近づいてくる。

「試合、お疲れ!すっげー楽しかっ…」
「来んな!」

思ったよりでっけぇ声で怒鳴り付けてしまい、
気まずくなって目を逸らした。
菊丸はびっくりしたみたいに一瞬足を止めたけど、
またゆっくりとこっちに近づいてくる。

「向日……って、え?」

俺の顔を見て驚いた菊丸に、俺は
自分が泣いていたんだということを思い出した。

「泣いてる、の?」
「!!泣いてねぇよ…っ」

冷たく言い放ったつもりが、
語尾が情けなく震えてしまった。

――もう、やだ…。

情けなくて、カッコ悪い自分に嫌気が差した。
せめて顔を見られたくなくて、
顔が見えないように出来る限り下を向く。

「………」
「なんだよッ!早く、どっか行きやがれ」

なかなか立ち去る気配のない菊丸。
なんだよ。自分に負けた俺を笑うつもりかよ。
俺は、笑われるのが怖くなってぎゅっと目を閉じた。



――ふわり。

「!」

突然、ふわっと体があったかくなって、
俺は驚いて目を開けた。
自分の顔のすぐ横に菊丸の髪が見えて、
ようやく抱き締められていることに気づく。

「…っ!きく…まる、」
「へ?うわぁッ、ごっごめん!!」

我に返ったらしく、慌てて体を離して飛び退く菊丸。

「ごめん向日、その…」
「………」

抱き締められたことにびっくりして、
涙が引っ込んでしまった。
その代わりに、心臓がうるさくドキドキと鳴り出す。

「えっと…隣、座ってもいい?」

上手く思考が回らなくて、俺は思わず小さく頷いた。



「………」
「…………」

無言の状態が続く。
大体、なんで今日初めて出会って
初めて試合して初めて話をした奴と
ふたりきりにならなくちゃいけないのか。
まさか、慰めるつもりじゃないだろうな。
そんなの絶対に嫌だ。
負けた相手に、慰められるだなんて。


「さっきの試合…さ」
「!」

突然、隣に座る菊丸が口を開いて
驚いて体が跳ねてしまった。

「向日、すごかったよ」
「…っうるせぇ!慰めなんてやめろよ!」
「慰め?」

精一杯睨み付けてそう言うと、
菊丸は目をぱちぱちと瞬かせた。
けど、俺が言ってる意味が分かったのか
やがて納得したような表情をした。

「そんなんじゃないよ」
「うるせぇ!俺は、負けた…のに」
「けど、かっこよかった」
「…嘘言ってんじゃねぇっ」
「嘘じゃないよ」

そう言った菊丸は、俺の方を向いてにこりと笑った。
人懐っこそうな、汚れのない明るい笑顔。

「俺、試合中だったのに思わず見とれちゃったもんね」
「……なに、が」
「向日に。すっげー高く跳ぶなぁって」

にひひ、ともう一度俺に笑いかけてから
菊丸は空を仰いだ。

「うらやましいにゃー。俺も向日みたいに跳びたい」
「どんなに高く跳んでも…勝たなきゃ、意味ねぇだろ」
「んー、そうかな。まあ、そうかもしんないけどさ」

そう言って、また菊丸は俺に目線を合わせる。

「きれーだなって…」

陰りのない瞳で見つめられる。
その真っ直ぐな瞳には、嘘や同情なんて
微塵も映していなかった。
本当に、純粋な気持ちをそのまま言葉にしたような。


――トクン。

「ばっ…ばっかじゃねーの!!」

自分の顔に熱が集中していくのを感じて、
慌てて菊丸から目を逸らす。
なぜか、心臓がドキドキうるさくて。

「ねー向日」
「なんだよ!」
「またさ…試合やろうね」
「……えっ?」

びっくりして思わず菊丸の方を見ると、
またにっこりと笑い返された。

「ダメ?」
「…や、やだね」
「どうしてもダメ?」
「別にっ俺じゃなくてもいいだろ!」
「向日じゃなきゃいやだ」
「は?」
「だって楽しかったんだもん」
「し、知るかそんなんっ」
「それにさ、」

菊丸がベンチから立ち上がり、
座っている俺に向かい合ったと思った瞬間。


ちゅっ


「……っ、!?」

ほっぺたに、唇が寄せられた。


驚きのあまりぽかんとした情けない表情で菊丸を見上げると、
少し頬が赤くなった菊丸と目が合った。

「好きになっちゃった」

へへ、と照れたように笑う菊丸。
俺はようやく自分の今の状態を理解して、
一気に顔が熱くなった。
きっと、耳まで真っ赤になってるだろうと思うくらい熱くて。

「えへへっ。じゃあ、またにゃー向日!」
「は?え、ちょ…っ!」

ぶんぶん手を振って、菊丸は走って行ってしまった。


「す、き…って」

キスされたほっぺたに触れてみる。
心臓がバクバクいってて、体も熱い。
試合のときのドキドキとは全く別の、初めての感覚。
これは、なに?

しばらく動くことが出来ず、
膝の上に乗せた拳をまたぎゅっと強く握った。




「あーっ!がっくん帰って来たC!」
「岳人!」

ふらふらとやっとの思いで応援席に戻ると、
宍戸と鳳の試合が始まっていて
ジローと侑士が心配そうに駆け寄ってきた。

「岳人、心配しとったんやで?
なかなか帰って来ぇへんから探しに行くとこやったわ…」
「わ…りぃ、侑士」
「ほんま手のかかる子やなぁ」
「あれ〜?がっくん、」

ぴょこん、とジローが顔を覗き込んできて目が合った。

「がっくん顔赤E!」
「!!!」

そう指摘され、さらに顔が熱くなった。

「岳人?」
「がっくん?」
「なっ…なんでもねぇー!!!」
「お前らうるせぇんだよ、試合に集中しやがれ!」
「「「は、はい」」」

跡部に一括され、すごすごと3人で応援席に腰を下ろした。


――好きになっちゃった。


さっきの菊丸の言葉を思い出して、
また頬が熱を持ち始める。

「勝手なこと、言ってんじゃ…ねぇっつの」

それでも、ドキドキは止まらなくて。
この初めて生まれた気持ちの正体が何なのか、
今はまだよく分からないけれど。
なんだか、新しい何かが始まる気がした。





おわり


*******


黎人さんからのリクエストで、菊岳でした。

あれ?
菊岳じゃなくて、菊→岳?菊→(←)岳?
になっちゃってますかね…。
すっすみません!!!;

しかし菊岳やっぱ好きです*
黎人さん、2回目のリクエストほんとに
ありがとうございました♪

菊丸って、本能のままに行動しそうじゃないですか?(笑)
可愛いと思ったから抱き締めた、
好きだと思ったからキスした、みたいな。(え)
なんかそんなイメージ。素直ですよね菊ちゃんは。
それを再現したかったんです。

ご希望に叶ったかどうか分かりませんが
私の小説を誉めてくださったり
サイトを始めたばかりのときから
黎人さんにはお世話になっておりまして
ほんとに感謝しています!

黎人さんも、「回転木馬と道化師」というサイトで
忍岳、日岳中心の岳人受け小説を書いてらっしゃいます*
とても素敵なサイトなので
みなさん、ぜひ遊びに行ってみてくださいね♪

それでは、読んでくださった方々
ありがとうございました!

2012.04.10

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