「え…ここって」

幸村に勧められて辿り着いた建物は、
見るからに怖そうな外観だった。
というか、『お化け屋敷』と看板に書いてある。

「どうした?」
「え!?いや…あの、」

サッと血の気が引いた赤也の顔を見て、
跡部は不思議そうに尋ねる。

「怖いのか?」
「!!や、怖いっていうかっ…!」

怖いのだけど。そんなことを言うと
さらに自分が子供だと思われそうで嫌だった。
これ以上、子供っぽく見られたら
なんだか跡部との距離がもっと遠くなってしまう気がして。

「別に嫌なら入らなきゃいいだろうが」
「!い、嫌じゃないッスよ!全然平気ッス!行きましょ!」

つい強がって、赤也はお化け屋敷の
入口へと向かってしまった。



「いらっしゃいませ、切原クンに跡部クン」
「!?し…白石さんっ!?」
「………」

お化け屋敷の受付に居たのは、
四天宝寺テニス部部長、白石蔵ノ介だった。
心底驚いた表情で目をぱちぱちさせる赤也に対し、
跡部はまたか…と呆れたように溜め息を吐いた。

「つーかテメェら、組んでたのかよ…」
「ん、何の話や?幸村クンやったら、さっき偶然会うてなぁ」

頬杖をついて、にっこりと笑いながら返す白石。
赤也溺愛組の暇人っぷりには呆れ返るばかりである。

「ほな、2名様ご案内〜」



誰の、どこにツッコミを入れればいいのか分からず
というかめんどくさくなった跡部は、
もはや誰が出てきても驚くまいと辺りを警戒しながら進む。
そんな跡部の少し後ろを、赤也は黙ってついて行った。

「おい、切原」
「………」
「切原」
「!!な、なんすかッ」

うつむいて縮こまるように歩く赤也を見かねた跡部は、
歩く足を止めて振り溜め息を吐いた。

「やっぱり怖いんだろうが」
「…怖く…ないッス」

あくまで怖くないと言い張る赤也だが、
不安そうに眉を下げて
物音がする度にびくびく反応する様子を見ていれば
強がっているとしか思えなかった。



「切原と跡部、来よったで小春!」
「お化け役やなんておもろいわぁ〜」
「せやけど、なんで俺らが東京来てまで
こないなことせなあかんねん」
「白石の指示やねんからしゃあないやぁん」
「謙也たちもなんやかんやゆうてノリノリやったしな」
「あ、そろそろ出て行ってもええんちゃうか」
「ほな打ち合わせ通り行くでぇユウくん!」
「よっしゃ、行くで小春!せーの、」


「「う〜ら〜め〜し〜や〜〜」」
「……………」



「……ぎっ、ぎゃあああああ!!!」

突然、物陰から襲いかかるように出てきた
ミイラ男とゾンビ(ユウジと小春)を見て、
一瞬放心状態になった赤也は、
数秒経ってから真っ青になって叫びだした。

「うわあああ!来んな、こっち来んなーっ!!」
「落ち着け切原、コイツらは」
「やだ、やだああっ」

パニックになり、目をぎゅっと強く閉じて
手をぶんぶん振り回す赤也をなんとか落ち着かせようとするが
赤也は言うことを聞こうとしない。

「いやん切原きゅん可愛い〜んっ☆」
「あっ何抱き付いとんねん小春!浮気か、死なすど!」
「ぎゃあああっ」

半泣きでビビる赤也を見て、小春は
思わず(ゾンビのまま)赤也に抱き付いた。

「わあーん!」
「!待て、切原ッ!」

恐怖でパニックになった赤也は、
小春を突き飛ばして一人で走って行ってしまった。

「ったく、あの馬鹿!」

すぐにその後を追おうと、跡部が
走り出そうとしたそのとき。
ユウジと小春が、両側から跡部の腕を
がっしりと掴んで行く手を阻んだ。

「……何してんだテメェらは」
「悪いな跡部、うちの部長の指示なんや」
「でぇとなんか、絶対させへんらしいわぁ」
「離しやがれ」

二人がかりで押さえられて、なかなか抜け出せない跡部。
…と、そのとき。


「まあまあ、跡部クンはそこで待っとき」
「!」

動けない跡部を追い抜かして、
白石が小走りで赤也の後を追った。

「おい待ちやがれ白石!」
「切原クンのことは俺に任しとき」

いつもの笑顔でヒラヒラと手を振り、
白石は行ってしまった。




「…はぁ、はぁ」

全力で走っていた赤也は、ようやく足を止めた。
息を整えながら辺りを見渡すが、
相変わらず周りは真っ暗で静まり返っている。
どうやらまだ出口は遠いらしい。

「跡部さ……、あれ?」

後ろに跡部が着いて来ているものだと思い
名前を呼びながら振り返ると、そこには誰も居なかった。

「…跡部さーん」

暗闇に呼びかけるが、返事はない。
必死で走っていたから気づかなかったが、
いつの間にか跡部とは随分と離れてしまったようだ。
自分以外、誰も居ないような錯覚に陥る。


タッタッタッ…

「………!?」

シーンと静まり返った暗闇の中で佇んでいると、
暗闇の向こうの方から足音が聞こえてきた。

「跡部、さん…?」

足音の正体が跡部かと少し期待するが、
吸い込まれそうな暗闇から聞こえる足音に、
徐々に恐怖を感じ始めた。
足音は、一直線に自分の元に向かってくる。

「……っ」

足音の正体を確かめるのが怖くなり、
赤也は耳を塞いでしゃがみ込んでしまった。
足音はもうすぐそこまで来ている。

タッタッタッタッ

「……っ、く、来るなーっ!」

しゃがみ込んで目をぎゅっと強く閉じ、赤也が叫んだ瞬間。
赤也の肩に誰かの手がポンと置かれた。

「!!ひっ……!」
「切原クン大丈夫や。俺やで」

ビクッと大袈裟に肩を跳ねさせた赤也に
優しく声をかけたのは…。

「しらいし、さん…?」
「うん」

恐る恐る見上げると、そこに居たのは白石だった。

「切原クン、大丈…」

大丈夫か、と聞こうと赤也の顔を覗き込み、白石はぎょっとした。
自分を見上げる赤也の目にはいっぱい涙が溜まっていた。
足音の正体が白石だと分かって安心したのか、
今にもその涙は溢れそうだ。

「切原クン…」

――そんなに、怖いの苦手やったんか…。

赤也と跡部のデートを邪魔しようと
自ら仕組んだことだったが、
想像以上に怯えてしまった赤也を見て罪悪感が募る。

「…堪忍な」
「……?なんで、白石さんが謝るんすか…?」
「ん、なんでもや。ごめんな」

赤也の頭を優しく撫でながら
申し訳なさそうに謝る白石を、赤也は不思議そうに見つめる。

「立てるか?切原クン」
「…はいッス」

差し出した手を握り、立ち上がる赤也。
まだ少し体が震えているようだ。

「あの…」
「ん?」
「跡部さん、は…?」
「………」

また泣きそうな表情になり、白石を見つめる赤也。
白石は、赤也の口から出た名前に一瞬複雑そうな顔をするが、
やがて観念したようにフッと笑った。

「なぁ、切原クン。今日、楽しいか?」
「え?」
「跡部クンとのデート。楽しい?」
「…は……はいっ」

デートと言われ頬を染めた赤也だが、
嬉しそうな笑顔で答えた。
それを見た白石は、少し切なそうに微笑み返す。

「……ん。そっか」
「白石さん?」
「なんでもあらへん。そろそろ来るんとちゃうかな」
「え?」
「切原ッ!」
「!!あっ…跡部さん!」

暗闇の向こうから、自分の名前を呼びながら
走ってこちらへ向かってくる跡部を見つけた瞬間、
赤也ははじかれたように跡部の元へ走り出した。

「跡部さんっ」
「切原…」

赤也が思わず跡部に抱き付くと、
跡部もそれを受け止めて赤也の体を抱き締めた。

「ったく…勝手に居なくなってんじゃねぇ」
「ごめ、なさ…っ」

ようやく跡部に会えた安心感と
抱き締められたあたたかさで、
恐怖と緊張が一気に解けた赤也の目から、涙が溢れた。

「……っ、ぐす」
「…バーカ」

自分の胸に顔を埋める赤也の頭を撫でてやると、
赤也はまたぎゅっと跡部に抱きついた。

「怖いなら怖いと最初から言いやがれ」
「だ、て…っ、子供だって、笑われたくないも…」
「…笑ってねぇだろうが。馬鹿か」

抱き締めてくれる跡部の体があたたかくて、
赤也はさっきの恐怖が嘘のように落ち着いた。

「…オラ、行くぞ」
「は…い」

ごしごしと目をこすって、跡部から体を離す。
すると、跡部が赤也の手をぎゅっと強く握った。

「!」
「こうしとかねぇと、お前はすぐ居なくなる」

そう言うと、跡部は赤也の手を引いて
出口へ向かって歩き始めた。

初めて繋いだ手は、すごくあったかくて。
自分よりもひとまわり大きな手が、心地よくて。
赤也はさっきまでの怖さとは全く別のドキドキを感じた。



「…白石、よかったんか?」
「………」
「あのまま切原きゅん連れてったらよかったやぁん。
略奪愛でもええ、勝ったモン勝ちやでぇ?」
「……そんなんしたら、切原クン泣いてまうやろ」




ようやくお化け屋敷を抜けてからは赤也にも笑顔が戻り、
跡部と一緒に過ごす遊園地を満喫していた。
赤也が楽しそうに笑っていることに安心した跡部は、
その様子に思わず微笑む。

「跡部さんっ!次、どこ行きます!?」

目をキラキラ輝かせて尋ねてくる赤也。

「もう、回りたいとこは無ぇのか?」
「んーと…ここと、あと、ここもッス!」

パンフレットを見て、行きたい場所を指さす赤也。
跡部はチラッと時計を見た。
楽しい時間というのは本当に過ぎるのが早いもので、
時刻はもう、夜の7時になろうとしていた。
遊園地は、9時には閉園してしまう。

「回れるのはあと一つくらいだな」
「え?あっ…」

赤也は時計を見て、ようやく
閉園が近いことに気づいたようだ。


――まだまだ、跡部さんと一緒に居たいのに…。

パンフレットを握りしめて、しょんぼりしてしまった赤也。
跡部はそんな寂しそうな赤也の様子に気づき、
赤也の頭をグシャグシャと撫でた。

「…また、来ればいいだろうが」
「……!」

そう言うと、はっとしたように顔を上げる赤也。

「何もここに来れんのは今日だけじゃねぇだろ」
「また、来てくれるん…すか?」
「…ああ」

跡部のその言葉を聞いて、赤也は少し顔を赤くして
本当に嬉しそうに笑った。

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