気づいたのは、





――ねぇ跡部さん!
俺、跡部さんと一緒に遊園地行きたい!

遊園地?

そうッス!日曜日とかだときっと
人多くてすげー並ばなきゃだめだけど、
絶対に楽しいっすよ!

なんだ、それなら俺様が貸し切りにしてやる。
その方が並ばなくて済むだろう。

だ、だめッス!

…アーン?

そんなことしなくても、普通でいいんすよ。
並んでる間にいっぱいしゃべったり、
ジュース買って飲んだりして、
それも遊園地の楽しいところッス!

そうなのか。よく分からねぇが。

それに、俺…。

なんだ?

跡部さんだけがいっぱいお金つかって
贅沢にデートするよりも、
ふたりで一緒がいいんだもん。

ふたりで、一緒…か?

…へへっ。その方が、これからずっと一緒に
居られるような気がしないッスか?

………。

あ、えっと…でも、いつも跡部さんの家で出してくれる
高級チョコレートは大好きッスけどねっ!



――そう言って、お前はいたずらっぽく舌を出して
照れたような、しあわせそうな顔で笑った。





「あら、跡部くん」

病院の廊下を曲がろうとしたところで、呼び止められる。
振り返ると、切原の母親が立っていたので頭を下げた。


「こんにちは」
「お見舞い来てくれたのね」
「はい。病室に入っても大丈夫でしょうか」
「ええ、あの子すごく元気なのよ」

事故に遭ったっていうのにタフでしょ、と
人の良さそうな明るい笑顔で返された。
裏表のないような、無邪気なような
こちらまでつられて笑ってしまうようなアイツの笑顔は
どうやら母親譲りらしい。

「せっかくの日曜日なのにわざわざ来てくれて」
「いえ、予定もないので大丈夫です」
「そう…ありがとう」

予定もない、というよりは、なくなったの方が正しい。
本当なら今頃、切原とふたりで
遊園地に居ることになっていたのだから。

しばらく切原の母親と話していると、
突然寂しそうな表情をされた。


「跡部くん」
「はい」
「…ごめんなさいね」

何のことを言っているのかは、すぐに分かった。
切原が俺に関する記憶を失ってしまったことに対する謝罪だ。
そう謝られて、もしかしたら切原は俺のことを
思い出しているのではという考えは砕かれた。

「謝らないでください。あんな事故に遭ったのに
大した怪我もなく済んだんですから」
「そうだけど…あんなに跡部くんのこと
慕っていて好きみたいだったのに。
お医者さんは一時的なものだって言ってたんだけどね」
「…とにかく、今は安静にさせましょう。
記憶は、ゆっくり戻っていく可能性もあるでしょう」

まるで自分に言い聞かせるように、そう言った。




切原の母親との話を終え、
病室の扉を開けたとき、俺は一瞬血の気が引いた。
切原が体を起こし、頭を抱えて苦しそうに
堅く目を閉じていたからだ。

「…切原!!」

すぐに駆け寄って体を支えると、
切原は辛そうに俺を見上げた。

「あ、れ…アンタ」
「どうした、痛むのか!?」
「…っへーき」
「待ってろ、医者を呼んでくる」

どうしてだ。
なんともないんじゃねぇのか。
俺はすぐに引き返して医者を呼びに行こうとした。

が、慌てたよう服を掴まれる。

「大丈夫…ッスから」
「切原、」
「ちょっと痛かっただけだから」

それでも呼びに行くか迷ったが、
必死にすがるような目で見つめられた。
渋々俺が足を止めたのを見た切原は
ほっとしたように力を抜いた。



落ち着いたらしい切原をベッドに寝かせると、
戸惑ったような表情で見上げてきた。
やはり今までと違う、知らない人を見るかのような顔。

正直どんな言葉をかければいいのか、分からない。
今のこいつにとって、俺は他人。
世間話や思い出話をしてみたところで、
余計に混乱させてしまうに違いなかった。


「見舞いだ。気が向いたら食べろ」
「えっ」
「じゃあな」

何か言いたそうな切原に背を向け、静かに扉を閉めた。


きっとそろそろ、立海レギュラーが
見舞いにやって来る頃だろう。
今の切原にとっては、俺よりも
そいつらと話す方が精神的に安定する。

いろいろと話そうと思い見舞いに来たが、
今日は菓子だけ渡して帰ることにした。
あいつが俺の家に来たときに、
いつも喜んで食べていたものだ。




「跡部」
「!…忍足、向日」


病室を出てすぐに、聞き慣れた声に呼び止められる。
振り返ると、忍足と向日が複雑そうな顔で立っていた。

「…なんでテメェらがここに居る」
「樺地に聞いたんだよ!」
「せや。切原が事故で記憶無くして、
跡部のこと忘れてしもたってな」
「………」
「跡部が落ち込んどるんちゃうか思て
岳人とふたりで心配して来てん」
「そ!大丈夫かよ跡部」
「フン…馬鹿か。大きな世話って奴だ」

そう言うと、ふたりは顔を見合わせてから
また俺の方を見た。

「つか跡部、どこ行くつもりだ?」
「帰るに決まってんだろうが」
「え、けど面会終了の時間までまだまだあるじゃん」
「切原の側に居てあげへんでええんか?」
「今は、俺様が居たところで混乱するだけだ」


そう、切原の安静を優先すべきだと判断した。
今は自分の気持ちはどうでもいい。
間違ってなどいない。



――『大切にしすぎるあまり、
失ってしまうこともあるんじゃよ』


ふと、昨日仁王に言われた言葉を思い出したが
すぐに頭の中からかき消した。



「はぁ、氷帝のキングが聞いて呆れるわ」
「……アーン?」
「言えてるぜ侑士、跡部びびってんじゃん」
「何が言いたいんだテメェら」

茶化すような口ぶりでそう言った忍足と向日を睨み付けると
ふたりは一変して真剣な表情で俺を見た。

「跡部はさ、怖いだけだろ?
切原に思い出してもらえねぇことが」
「何言っ…」
「今の跡部は、切原の安静が大事やて理由つけて
現実から目ぇ逸らしとるように見えるわ」


――現実から、目を?

この、俺様が?



その言葉に衝撃を受け何も言えないでいると、
向日が背伸びをして頭を撫でてきた。

「…何しやがる」
「跡部がこんな弱気になるなんて珍しすぎるからさ!
お前たぶん自分がショック受けてることにも気づいてねーよ」
「せやなぁ。気づいてへん言うよりは
気づかんフリしとる、っちゅー方が正しいな」


気づかないフリを、している?


「なぁ跡部。別にそこは意地張らんでええやろ。
恋人が自分のことだけ忘れてしもたやなんて、
ショック受けるんは人として当たり前や。
せやけどそれから目を背けるのは話が別やわ」
「そうだぜ!一番不安なのは切原だろ。
側に居てやんねーとダメじゃん」



「きっと、ほんとに切原を支えられるのって
世界中のどこ探したって、跡部しか居ねぇんだからさ」



ああ、そうか。

俺は認めたくなかったのかもしれない。
そして耐える自信がなかったのかもしれない。
目の前の恋人が、他人を見るような
戸惑うような顔で自分を見つめてくるということ。
そしてそれが、一生続くかもしれないということ。



「…明日、また見舞いに来る」

そう言うと、忍足と向日は
やれやれといった顔で笑った。
こいつらに教えられたのは、癪に触るが。

だが、目を逸らしてはならなかった。


「俺様としたことが…情けねぇもんだな」



――そう。

気づいたのは、

お前を失うのを恐れて逃げようとする、
初めてみる自分の


弱い心。





つづく

2012.11.27

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