あなたの、たったひとことが。





今日は、第4日曜日。
久しぶりに部活は休み。


「ちょっと寒いけど、いい天気だなあ〜」

おれ、切原赤也ッス!
立海大附属中テニス部のマネージャー。
王者の肩書きを背負った部活を支えるのは大変だけど、
先輩たちがみんな優しくて大好きだから
楽しい学校生活送ってるんすよ!

今日は久しぶりに部活が休みだから、
レギュラーの先輩たちと一緒に
晩ごはん食べに行く約束してるんだけど
せっかくの休みだし、待ち合わせの時間まで
ひとりでショッピングセンターを回ってる。


「あー、この服可愛いなぁ」

ショーウィンドウの中のマネキンが着ている、
女の子らしいふりふりのワンピースが目について
思わず立ち止まってしまった。


――こんなのが似合うような、可愛い子になれたらな。


おれなんかいつも丸井先輩に
かわいくねぇって言われちゃうし、
言葉遣いも上品じゃないし。
こんなの着たらきっと笑われるに違いない。

ずっと歩いてたから少し暑くなって、コートを脱いだ。
ふと、ショーウィンドウに映る自分の姿を見る。

久しぶりの私服だから、ちょっとお洒落してみたくて
お姉ちゃんに服貸してって頼んだら
全身コーディネートされてしまった。
普段なら着ないような、襟元にレースのついた白いブラウスに
秋らしいベージュのアーガイル柄のカーディガンを着て
スカートは膝丈くらいの、裾がひらひらしたもの。
黒いタイツと、ふわふわのファーのブーツを履いて。
胸元には、小さいハートのついたネックレスまでつけられた。


なんだかこうやって見ると、全然似合ってない。
一番後悔してるのは、お姉ちゃんに言われるがままに
薄くだけど目元にお化粧をしてもらったことだ。


「普通にジーパンとかで来ればよかった…」

こんな女の子らしい格好して、
先輩たちに笑われたらどうしよう。
今から着替えに戻ろうかな。

そんなことを考えてたら、いつの間にか
知らない男の人ふたりに挟まれてた。


「ねぇ君、ひとり?」
「えっ」
「可愛いねー、何してるの?」
「…べつに」

たぶん大学生くらいのふたりは、
茶髪でピアスをつけてて、
にやにやしながら近寄って来た。

「ひとりだと寂しいでしょ?俺らと遊ぼうよ」
「人と、待ち合わせしてるから…」
「え〜ほんと?じゃあその時間まででいいからさ」
「や、やだ」

うつむいて首を横に振ったけど、
笑われただけで立ち去ってくれる気配はない。
――どうしよう…。
待ち合わせまで、まだ30分もあるのに。

「あの、おれ用事あるから、さよならっ」

笑顔でごまかして逃げようとすると、
ガシッと腕を掴まれた。

「ほら行こうぜ。いいとこ連れてってあげるよ」
「痛っ…は、離せよバカ!」
「はは、威勢いいな〜。もっと女の子らしくしなきゃ」

かなり力が強くて、じたばた暴れてもびくともしない。
そのまま強引に腕を引かれて歩き始めた。
冷や汗が出て、初めて恐怖を感じた。

どこ、行くの?なんで俺なの?


――こわいっ…!





「お前たち、何をしている」


連れて行かれそうになって、必死に抵抗してたら
聞き覚えのある声が聞こえて、そっと目を開けた。


「さなだ、ふくぶちょ…」

目の前には、真田副部長が立っていた。
いつもみたいに、腕を組んで。
ふたりの男の人を鋭く睨んでる。

「ん?なんだお前」
「嫌がっているだろう。手を離さんか」
「はは、邪魔しないでくれる?」
「この子俺らが先に目ぇつけたんだからさ。
横取りはよくないよー、お兄さん」

グッと手に力を入れられて、痛みが走った。
もうひとりの奴が笑いながら腰を抱いてきて、
気持ち悪さと怖さで体がこわばる。
すると、真田副部長が無言で近づいてきた。

「なんだテメェ…っいでででッ!!?」
「貴様ら…」

真田副部長は、ふたりの手をいとも簡単にひねった。

――そして。


「離せと言っとるのが聞こえんのかあああああ!!!!」



キーン。

思わず耳を塞ぎそうになる音量で、
真田副部長はふたりを一喝した。
ふたりは「ひぃっ!」とか言いながら
思いっきり体を飛び上がらせて俺から手を離した。

周りにはいつの間にか野次馬ができている。
騒ぎを聞きつけた警察官がひとり走ってくるのを見て
すっかりびびったらしい男ふたりは
コケそうになりながら必死に走って逃げて行った。



「…い、行っちゃったッスね」
「………」
「あはは。すんません副部長、巻き込んじゃって」
「……赤也」
「あっもうすぐ時間っすね!行きましょ、ふくぶちょ…っ」

まださっきのことに対する怖さに動揺してることを
副部長に悟られないために、
笑って早口で喋りながら歩き出そうとした。

だけど。

おれの体は、ふわりと、あたたかいものに包まれた。



「ふく、ぶちょう…?」


一瞬、信じられなかったけど、
それは副部長の腕だった。
数秒かかって、ようやく抱き締められてることを理解する。

「無理して笑うな」
「え…」
「体が、震えている」


そう言われて初めて、自分の体が震えてるのに気づいた。


「おれ…」
「……もう、安心していろ」
「…っ」

優しく抱き締められて安心したのか
なぜか涙がぽろぽろ出てきて、
自分からもぎゅって抱きついた。


「ふくぶちょ…怖かっ…」
「…もう大丈夫だ」
「来てくれて、ありが、と…っ」

副部長は、何も言わずに頭を撫でてくれた。


「…ぐすっ」
「腕は痛くないか?」

こくんと小さく頷くと、副部長は少し体を離して
指でおれの涙をぬぐってくれた。

ああ、副部長ってこんなに
大きくてあったかい手だったんだな。
普段は怒られてばっかりだから、気がつかなかった。

――副部長…ありがとう。




「あ…」

鏡を取り出して顔を見ると、
せっかくのお化粧がちょっと取れていた。

――…ま、いいか。

俺なんかがするには、まだ早かったんだ。
どうせ似合ってなかったんだし。
そう考えると、やっぱり服も恥ずかしくなってきた。
時計を見ると待ち合わせの15分前。
家はすぐ近くだし、副部長たちに先に行ってもらって
急いで着替えてこよう。


「あの…副部長」
「なんだ」
「おれ、服着替えてくるッス…先に行っててください」
「着替える?なぜだ」
「だって…に、似合ってないから」

恥ずかしくてうつむいた。
お化粧も取れたし、今のおれ、全然かわいくないんだもん。


「…着替える必要など無い」
「え?」
「そのままで居ろと言っている」
「…どうして?」
「だからその、だな…」

珍しく歯切れが悪い副部長を不思議に思って見上げると、
少し顔が赤く見えた。

副部長は、言葉を探してるみたいに
視線を泳がせたあと、おれの方を見て言った。


「…よく、似合っている」



――どきん。


真っ直ぐに見つめられながらそう言われて
おれまで顔が熱くなった。
どきどきと、心臓が速くなった。

真田副部長は、いつもみたいに
帽子を深く被り直すしぐさをしようとしたけど、
私服だから帽子を被ってこなかったことを思い出したのか
気まずそうに視線を逸らした。

「ほ、ほんと…?」
「…ああ」

すごく恥ずかしかったけど、すごく嬉しかった。

「おれ…変じゃないッスか?」
「…最初にお前を見つけたときは、別人かと思った。
だが、その…だな。俺は、」


副部長は、また俺を見つめた。
また、どきんと心臓が鳴る。


「お前を、可愛いと…思った」
「……!」


どうしよう。
なんでこんなにドキドキするの?
おれきっと今、顔が真っ赤になってるよ。

副部長を見上げると、優しい目でおれを見てて
今度こそ心臓がはれつしそうになった。

「…赤也」
「さなだ、ふくぶちょう…」

お互いに見つめ合って、目が逸らせなかった。






「赤也あああああーっ!!!!」
「「!?」」


ドドドドドドド、というものすごい勢いで迫る足音に、
俺たちは思わずびっくりして体を離した。

音の正体を確かめようと、振り返った、次の瞬間。


バキィッ!

「ぐぁっ!!」


真田副部長の体が、吹っ飛んだ。


「赤也、大丈夫かい!?」
「ぶ…ぶちょう」

呆然とその光景を見てると、
副部長を飛び蹴りで5mほどぶっ飛ばした本人であろう
幸村部長が心配そうに俺の両肩を掴んで、
顔を覗き込んできた。

「カフェでひとりでお茶してて、なんとなく窓から外を見たら
赤也が泣いてるのが見えたんだ。
すごく心配で、飛んできちゃったよ…」


本当に心配そうに俺を見つめる幸村部長は
天使というか、女神さまの肖像画みたいに綺麗で
一瞬見惚れてしまったけど、
死んだように転がっている副部長を見て
おれは我に返った。

「わああああ!副部長が死んじゃったー!!!」
「あ、真田だったのか」

なーんだ、と今気づいたかのように
部長はあっけらかんと言い放った。
そして俺の方を見て安心したように笑う幸村部長は
すごく綺麗で…じゃなくてぇ!


「…精市。おそらく赤也を泣かせたのは
弦一郎ではない確率、98%だ」
「おー、見事にぶっ飛んだもんじゃのう」
「うわ〜…真田大丈夫かよ、死んでんじゃね?」
「芸術のごとき飛び蹴りでしたね」

おれがパニックになってると、
ぞろぞろと他の先輩たちも集まってきた。

「柳さーん!」
「赤也、何かあったのか?」
「変な人に絡まれて、副部長が助けてくれたんッス」
「そうだったんだ。よくやったね、真田」

幸村部長は、えらいえらい、とにこにこしながらしゃがんで
未だに横たわる副部長の頭をぽんぽんしている。
――ほんとに死んでたらどうしよう。


「それは置いといて赤也、今日の格好すごく可愛いね。
俺、実はさっき見惚れちゃったんだ」
「えっ」
「ほんとじゃな。よぉ似合っとる。のう、ブンちゃん」
「ま、まあ…馬子にも衣装だな」
「素直に可愛いって言えよブン太」
「うるせぇっ!」
「お似合いですよ切原くん」
「そ…そんなこと、ないッス」
「ふふ。真っ赤な顔の赤也かわいい」

絶対に笑われると思ったのに、先輩たちは褒めてくれた。
恥ずかしくて、なんかくすぐったかったけど。
でも、ほんとに嬉しかった。
可愛い、だなんて。
お洒落してよかったなぁって思った。



――『お前を、可愛いと…思った』


ふと、さっきの副部長の言葉を思い出して、
また顔が熱くなっていくのを感じる。
その、たったひとことが、頭の中でぐるぐるまわっていた。

副部長が、おれのこと、かわいいって…。



「どうした?赤也」
「え!?なっ、なんでもないッス!」
「そうか。ではそろそろ行こうか」
「だなー腹減って死にそ」
「赤也は何が食べたいんじゃ?」
「えっと、えっと…ハンバーグがいい!」
「ではそうしましょう」
「真田はまだ起きねぇみたいだけど、どうする?」
「仕方ないなぁ、俺が担いで行くよ」


みんながわいわい騒いでいる中で、
俺はやっぱりぼんやりしていた。

さっきのドキドキは何だったんだろう。
いくら考えても答えは分からなかったけど、
副部長のおっきくて優しい手の感触は、
なかなか頭から離れなかった。





おわり

*******

どうも最近、真赤が気になる。

ところで私の書く小説は、
幸村部長が暴走するのがもはやお約束に
なりつつあるわけなんですが、なぜでしょう。
でもやめません、楽しいから!(笑)
やりすぎくらいがちょうどいい。

ナンパ男から赤也ちゃんを守った真田、よくやった!
君のことは忘れないよ!(←)


…お粗末様でした。

2012.11.25

人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -