「ここ、ここが俺の家」
「へえ…」

鍵穴に鍵をさして回すとガチャリ、と音がして扉が開く。それは当たり前であり、いつも通りの行動であるはずなのに俺の心臓はドキドキと早鐘を打つ。

彼女が初めて自分の家に来る。このことがいつもの動作でさえもとても重要な、意味のある物に変えているようだ。

「親は?」
「ああ、仕事」

今日は久しぶりに練習のない休日であり親もいないということで(親がいたらからかわれるに決まってる…!)名前を俺の家に招くことにした。

「それで…ここが俺の部屋」
「おおっ」
「別にたいしたものはないからな」
「分かってるよー」
「、あっそう」

いつも見慣れている自室の扉さえ今日は
まったく違うものに見えてしまう。

「失礼しまーす」
「ん」

開いた扉を体で支えるように大きく開いて名前を部屋に入れた。何だか少しジェントルマンにでもなったような妙な優越感。

「あ、結構片付いてるんだ」
「そうか?」
「うん、意外かも」
「どういう意味だよ」
「ふふ、私が来るから片付けとか…してくれた?」
「まあ…少し」 
「ありがとう……あ!」
「?」
「あのサッカー選手、半田が好きな選手?」

名前はベッド横に貼ってあるポスターを指さしながら問い掛けた。

「うん」
「へえ、しかも半田と背番号一緒なんだね、この人」
「すごい選手なんだ、この人は」
「そうかあ」

そう言ってふわり、と笑った名前。

「あ、取り敢えず座れ、よ。あ、あー…飲み物はジュースで良い?」
「うん良いよ、ありがと」
「じゃ、持って来るから」

後ろで扉の閉まる音を聞きながら早まっている心臓を必死に大人しくさせる。

彼女と自室に二人きり、この夢の様なシチュエーションを俺は随分甘くみていたようだ。

そんなことを考えていると突如として現実に引き戻され俺は慌てて台所に行き二人分の飲み物を用意した。


*


自室の扉の前まで来たらひとまずは深呼吸を繰り返す。

赤くならないように、変にどもらないよように、変な気分にならないよ…と(いけないいけない)頭を軽く左右に降って、また一つ深呼吸。

「よし!」

無駄とも思える(だけど俺にとってはとても大切な)気合いを入れて、勢い良く扉を開ける。

「名前ー、お待…」

たせ、と続けようとした言葉は実際に口からは出ず先程入れた気合いと一緒に奥へと引っ込んで行った。

そこにいたのは…ベッド脇に体を預ける様にして寝ている名前だった。

「名前…?」

取り敢えずテーブルの上におぼんを置いて顔の前で二、三度手を左右に降ってみた。

「応答なし、か」

しん、とした部屋には名前の規則的な寝息が静かに響いている。

なんとなく肩透かしにあったような気がして、俺は何をするでもなく隣に座って名前の顔を見つめる。

「…」

そういえばまだ俺達ってキスもしたことなかったなー、なんてこの状況で要らぬことを考えてしまった。今いる場所は自分の部屋だというのに威圧感の様な何だか分からないものを感じて妙に窮屈な気持ちになる。

他のことに頭を巡らせようとしてもどうしても、気になる。1度考えてしまっては俺の体は正直で気付けば少しずつ…顔を、近付けていた。すごくドキドキする。まるで全身が心臓になったかのようなドキドキに彼女を部屋へ招いた時以上に緊張している自分に気付く。

唇が、重な、る…

「ギャアアアアア」

前に、彼女から発っせられた奇声。

「う、わあ」

そう言いながら思わず後退した俺を名前は驚きやら恥ずかしさやらが混じった表情で凝視していた。

「はははは半田に…寝込みを襲われた…」
「!、まだ襲ってない」

キスも未遂だったわけだから。

「まだ…ってことは、これから襲うつもりだったんだ!」
「あー…えーと、」
「半田が寝込みを襲うなんて驚いたよ、」
「…」
「いやそれにしてもあの半田が…」
「……あんまりうるさいと、本当に襲うぞ」

初めて交わしたキスも満更でもない名前の顔もこれまでと比べものにならない程にうるさい心臓も



嫌じゃなかった
むしろ好きだ





(20100323)

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