「私、一之瀬くんの手が好き」


夕暮れから夜の闇に溶け込みそうな帰り道、なまえが突然そんなことを言い出した。


「…手?」
「うん」
「何か照れるな」
「私も恥ずかしい…かも」
「はは、自分で言ったくせに?」
「ご、ごめん」
「でも、何で?」


開いている方の手を2、3回握ったり開いたりしてみても、やはり特別好きと言ってもらえる程のものではないような、気がする。


「うーんとね。一之瀬くんの手に触れてると安心するんだ。ずっと離したくないって思うし、ふわふわして、すごい幸せなの」
「…」
「あ、勝手に喋って、その…ごめん、なさい」
「謝ることないよ。嬉しいな、そんな風に思ってくれてたんだ」
「うう」


珍しく饒舌な彼女が何だかすごく愛しく感じる。恥ずかしいんだろうけど、それでも気持ちを伝えてくれることが何よりも嬉しい。


「俺もなまえの手、好きだよ」
「え?」
「思わず握りたくなるし、小さいから守ってあげなきゃとかも思う」


ちゅ


握った手を引き寄せて、軽く口づけた。


「や、恥ずかし…」


驚いた勢いか、俺の手の中から彼女の手がするりと抜け、その手は彼女の真っ赤な顔を覆うように、そこにある。可愛い。


「好きだよ。声も、仕草も、髪も、」
「や、め」


髪の毛にそっと触れたら、思わず肩がびくりと反応したようで、その隙に顔を覆っている手を掴み、そっと顔から離すように握った。


「でもこの顔が、1番好きかな」




幸せな手と手にキス






(20100806)
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