誰かが紡いだ小さな言葉が好きでした。絵本小説漫画、なんでも大好きでした。その世界が好きでした。私は生きているのが好きでした。だけど、だけど、私は言葉を持っていませんでした。だから、彼に、あなたに、君に、何も伝えられなかったのです。死んでしまった私は今も言葉を持たないままなのです。



「名前ちゃん」



柔らかい声に目を開けると、青に混じって視界に入っている閻魔様がにっこりと笑っていた。まだ少し薄ぼんやりとしている視界でも、彼の姿だけははっきりとしている。こんな所で寝たら駄目だよ、私の頭をくしゃりと撫でる手が気持よくて目を細める。そんな仕草を見た閻魔様は私を猫みたいだと言う。《お仕事サボったら駄目ですよ》と。彼に伝えるように、心の中で言葉を紡いだ。いつの間にか隣に座っていた彼はそれに応えるように苦笑いして、俺は自由に生きていきたい…、なんて遠くを見た。

口に出さなくても言葉が分かる人は、閻魔様が初めてだった。人間は兎角厄介で、声にしなければ何も分かってくれない。それが普通だったから、それが普通なの。だけど閻魔様は、私の全部を見透かしたように私の言葉に答えてくれた。彼は人間じゃないからって此処の住人の誰かが言っていたけれど、温もりも形も、彼のそれは私と酷く似ていた。そもそも、人間とはどんな物の事を指すのでしょう。生物学に詳しくない私は頭を抱えるばかりだ。ぐるぐると嗜好を巡らせていたら、無意識のうちに余程酷い顔をしていたらしく、閻魔様は私の顔を心配そうに覗き込んだ。



《何でもないですよ》「そう?ならいいんだけど」《そろそろ戻らないと、まだ鬼男さんに刺されちゃいますよ?》「ああー…忘れてた」



立ち上がってぎゅうと体を伸ばした閻魔様は、面倒臭いなあと言葉を洩らす。



「また来るね、名前ちゃん」



たった一言、その言葉だけでどうしようもなく嬉しくなる理由を、私は未だ知らないのです。



誰も知らない世界の話。





***
なんか中途半端


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