名前は彼が好きで彼はあの子が好きで、幸せになれないなんて分かってたけど俺は名前が好きで。彼があの子に告白したと知って、メイクが崩れるのも気にせず俺に泣きついてきた名前を抱きしめて、俺にしなよ、なんて。今聞いたら笑ってしまうような言葉を吐いた。まぁ、明るい未来なんて端から期待してなかったし、こんなタイミングでこんなこと言ったんだから嫌われるのも覚悟してた。なのに可愛い顔して「閻魔ぁ」なんて呼ばれたらもう自制心なんて何処かへ飛び立ってしまった。事後の名前は何かを吹っ切ったように笑った。ぐしゃぐしゃの顔で、涙の跡も拭かずに言うから俺は悲しくて仕方なかったのに。自分の姿を鏡で見て「よくこんな女に発情できたね」なんて。

そんな数か月前の出来事を君はきっと覚えていないんだろう。





冷えた空気を吸いこんだら肺が痛んだ。帰ってココア飲みたいなぁなんてぼんやりと考える。ピシっと着こんだスーツは動きにくいし、慣れないネクタイは少し苦しい。隣の名前はいつも以上におめかしして、紺色のパーティードレスを揺らした。



「綺麗だったねぇ私ちょっと泣いちゃったよ」

「そうだねー…ご馳走美味しかったし」

「閻魔ずっと食べてたよね」

「朝何も食べてないんだもん」



あの時みたいな追いつめられた笑顔じゃなくて、優しいふんわりとした笑顔を見せる彼女は、少しだけ目を伏せて俺の手を握った。何も言わずに握り返した手は冷たい。



「鬼男くんさ」

「…んー?」

「幸せそうだったね」

「…そうだね」



遠くを見つめる目が、何故かとても綺麗だった。長い睫毛もドレスも、今日だけは俺の為じゃなくて、君が以前大好きだった彼の為。そんな事実に、いつまで経っても俺は鬼男くんに勝てないんだなぁなんて自嘲気味に笑った。



「帰ろう」



迷子の子供みたいに手を引かれて、大袈裟な門をくぐり抜ける。冷たい風が痛いから、ぎゅうと目を閉じた。
さて宇宙は今日も膨張を続けていますが、君は相変わらずくしゃみが下手なままですか






- ナノ -