誰も知らないような洋楽バンド。煙草の煙。珈琲の匂い。言葉遣い。変な詩集。欲情した時の目。
「名前」
小さく名前を呼ぶ声に目を開ければ、予想以上に近くに在った大好きな人の顔。リップノイズと共に額に落ちた感覚に胸がきゅうと鳴った。秋は少し冷えるからと言い訳をして、熱を求めて握った掌が熱い。閻魔は呆れたように笑う。
「俺お仕事行かなきゃなんですけど」
「うん」
「うんじゃないよ…」
「行けば」
「手離してくれないのは誰ですか」
「閻魔」
「えー…」
だって今日は土曜日だもの。私は学校がないから寝てたっていいでしょう。だけど寂しいから居なくならないでなんて。可愛い事言えるわけもないから手放した熱はするりと消える。寂しくないよ。嘘を吐いて布団に潜り込んだけれど目頭が熱くなった。
「名前ー」
「……」
「シカトはやめてお願い」
「…なに」
「ちょっと会社に電話してくるから着替えておいてね」
「なんで」
「駅前にできたカフェ、行ってみたかったから」
「…自惚れていいですか」
「是非」
誰も知らないような洋楽バンド。煙草の煙。珈琲の匂い。言葉遣い。変な詩集。欲情した時の目。私だけが貰える閻魔の優しさ。全部好きだよ、本当だよ。
子供みたいな言葉しか持ってない子供の私。反社会的な大人のきみ。二人だけの六畳半。なんて素敵な世界なんだろう。
隅っこの部屋にて死んだ魚