海に行きたいと、職場の同僚や友達に洩らしていた(らしい)彼女が、本当に海に行ってしまった。一人で。それも携帯を持たずに。命より大切だと言っていたiPodと財布だけ持っていったんだろう。テーブルにぽつんと残された冷めてしまっている飲みかけのコーヒーと、≪行ってきます(・。・)≫とだけ書かれた書き置き(顔文字ムカつく)。充電器に繋がれたままの彼女の携帯が空しく鳴いたから、パーカーのポケットに携帯と財布を入れて家を出た。
全部飲まれてしまいそうで、オレンジ色に染まる町が怖い。肌を撫でる風が少し冷たくて、早歩きで駅に向かう。高めの切符を買って電車に詰め込まれ数十分経てば、彼女が行きたいと言っていた(らしい)海が窓の外にチラチラと見える。到着した頃にはもう沈んでしまった陽。街灯が照らす薄暗い道を歩けば、道が開けてきて、海。もう暗くて殆ど見えないけれど、波の音が微かに聞こえる。
キョロキョロ辺りを見渡せば、浜辺に座る小さな背中が見えた。髪型も着ているワンピースも凄く見覚えがあるから、後ろから近寄って名前を呼んでみたけれど反応は無い。正面に回り込もうとしたら、急に立ち上がるから驚いて一歩退く。振り返った女は紛れも無く名前で、驚いた顔で一言。



「あれ、鬼男」

「何やってんだ馬鹿」

「えー?何で?鬼男に言ったっけ?てゆうか良く分かったね」

「言ったっけじゃないだろうが」

「ごめんね、一緒に来たかった?」

「違くて………あー…、もういい」

「心配してくれちゃった系?」

「うるせーよ」



遠くに行ってしまうかもなんて、少しでも不安になった自分が馬鹿らしい。悪戯っ子みたいに笑う小さな体を抱きしめた。



「鬼男の手あったかいね」

「お前が冷たいんだろ」

「おでん買って帰ろう、コンビニで」

「……はんぺん」

「はいはい」







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