まだ彼が生きていた頃のお話です。
彼の歌う美しい唄が好きでした。
彼の歌う美しい姿が好きでした。
私は彼が好きでした。
彼の作る世界は、それはそれは美しいもので、私は何度も救われ、生かされてきました。彼はきっとそんなことは意図していないのです。しかし私は彼の世界に魅了され依存し、愛してきました。私はそれが幸せだったのです。私はそれが生き甲斐だったのです。例え彼が歌わなくなっても愛しています。大切なのです。これは私が持っている数少ない真実なのです。
しかし今は違うのです。
どうしてかは分かりません。私は彼の唄が聴こえなくなってしまったのです。彼の姿は分かるのに、彼の形が分かりません。彼の声は聴こえるのに、彼の唄は聴こえないのです。
「なぁ」
「なんでしょう」
「俺、生きてる?」
えぇ、あなたの心臓は確かに動いて、あなたを機能させています。
「馬鹿だなあ、お前」
止まったのは私の心臓。
≪ ≫