さっきからゴホゴホと煩いのは同じ学校同じ学年で違うクラスサボり仲間の鬼男で、風邪をひいたのか咳が止まらないらしい。でもわざわざ私のクラスに来てまでゴホゴホする必要はあるのだろうか。あ゛ー…超喉いてぇ、擦れた声で鬼男が言った。
「御愁傷様。うつさないでね。てかうっさいからクラス帰ってよ」
「看病してやろうとかいう優しさは無いのか」
「あったとしても鬼男には使わない。閻魔に使う」
「あんなイカのどこがいいんだよ」
「顔」
「……理解できない」
即答した私を哀れんだ目で一瞥して、鬼男は学校に来る前に私が自販機で買ったペットボトルのお茶(250ミリリットル)を飲み干した。ちょっとそれ私のなんだけど。目で訴えたら、今度ケーキ奢るから、と言われた。120円がケーキに変わるなんて素敵じゃないか。ゴホゴホ。本当に咳が辛そうだ。心なしか顔も赤い。早退したらいいのに、そう思ったけれど口にはしない。そこまで私がお節介をやく必要はないのだ。彼女でもないし。
「…あの、さ」
「何?」
「帰るから大王によろしく。ケーキは今週末辺りにな」
空のペットボトルを私の机の上に置いて行った。ついでであるかのように私の髪をくしゃりと撫でて。ふらふらと歩く頼りのない鬼男の背中を見送って、後でプリンでも買って行ってあげようかなぁとか考えた。彼女ではないけれど、それくらいしたって文句は言われないだろう(閻魔は言いそうだけど)。きっと鬼男の皆勤賞は今日で終わりだ。早退してしまったら意味がない。そんなことを思いながら、撫でられて崩れた髪を直して帰り支度を始めた。適当に机の中身を鞄に詰め込んで、鬼男の背中を追い掛ける。だって倒れたりしたら困るじゃない。名前を呼んだら振り向いたそいつは、少し紅色に染まる頬を緩ませ笑った。
「付いて来んなよ、ばぁか」
「私の優しさを踏み躙るの?」
「はいはい、ありがとな」
知ってる気持ちも感情も、抑えつけて知らん顔。