少し可笑しいですが噛みつきません暴力振るいません刃物は持たせないでくださいいい子なんです
電池が無くなって使用不可になった携帯をポケットにしまって、代わりに携帯音楽プレイヤーを取り出してイヤホンを耳に差した。流れる唄はあまり頭に入らなくて、ふらふらの足をなんとか動かして人にぶつからない様に歩くのが精一杯だった。
「そこの不審人物」
後ろの方から投げかけられた言葉に振り返ると、心底面倒くさそうな顔をした河合君が、私の鞄を片手に立っていた。私は不審じゃない。至って、普通の、女子高生だ。じぇーけーだ。河合君は口がわるい。なにしてるの、辛うじて出すことができた掠れた声で聞けば、こっちの台詞です、と冷たく言われてしまった。
「河合君」
「自分の鞄くらい自分で持ってください」
顔に押し付けられた鞄を受け取る時、触れた手が熱かった。冬だっていうのに、河合君の額には薄らと汗が滲んでいた。
「探してくれたの?」
「突然いなくなるからでしょう」
「河合君、すきだよ」
「煩いです」
「手、繋いでいい?」
何も言わないから勝手に繋いでしまえと、河合君の綺麗な手を握った。
「もう不毛な脱走はやめたらどうですか」
「息が詰まりそうになるの、学校。こわい」
「せめて一言、言ってください」
嫌だよ。だって、そしたら河合君は私の為に街中走り回って探してくれなくなっちゃうじゃない。私の為に時間を割いてくれなくなっちゃうじゃない。そんなの、嫌だ。
「ねえ河合君、迷惑ばっかりかけてごめんね」
「自覚があるならなんとかしてください」
「寒いね。河合君の手、温かいね」
歪まない横顔を、ぐしゃぐしゃにしたいなぁなんて考えながら、繋いだ手に思いっきり力を込める。痛いです、と痛いくらい握り返された手に愛を感じてしまった私は病気です。
悴んだ右手は寂しさを隠すようにポケットに突っ込んだ。
「ねえ河合君、河合君って私の事大好きでしょう」
「馬鹿ですか、馬鹿でしたね」
ポーカーフェイスが少し、歪んだ。何を言っても繋いだままの左手。河合君の手を離したら、私は凍え死んでしまうような気がした。
できることなら愛してください。