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背後に立っていたは満面の笑みをたたえた男だった。
謎の声が呟いたダジャレに手を叩いて喜んでいる。長い髪を後頭部で結い上げた風体の怪しい男である。切れ長の目は優しく弧を描き、一通り囃し終わると二人の方に注がれた。怪しいと言えばこの男、どこからどう見ても成人であるらしかった。

「あたしの背後に気付かれずに立つなんて…何者!?」

零威は敵対心剥き出しで半身に構え拳を握る。束ねた髪の先にまで殺気がこもる。朔夜は腰を抜かした体で床に座り込んでいたが、零威の発するただならぬ気配に我に返った。

「れ、零威ちゃん、演劇部の人じゃない?きっと俺達の後に入って…」
「うるさい!黙ってろ!」
「ほう、お主ら…」
「片倉くん、中に案内して」
「承知」

殺気立つ零威を他所目に間の抜けた声が響く。男…片倉も零威の相手をする気は無いらしかった。くつくつと笑いながら姿を見せない声の指示に従う。構えた零威の脇から部屋の中へ滑り込むと同時に、彼女の肩を至極軽く叩いた。

「拳はしまっておけ。…俺は最初からあそこにいた」
「…!」

零威は目を見開いた。
建物に入った瞬間、一瞬だけ感じた視線。見極めようと廊下を隅まで見渡したが誰の姿も認められなかった。この男はずっと二人の背後にいたと言うのか。朔夜はまだしも自分に気取られぬ筈がない。苦いものが胸の中に広がり、零威は拳を下ろした。あの男は何者か。

「飛鳥、ござは」
「敷いてくれたまえ。ちょっと待って。今起きる」

部屋に入り床を一瞥した片倉がソファに寝転ぶ人物に声をかけた。毛布越しにくぐもった声が聞こえた。いかにも眠たそうなその声に片倉は肩をすくめた。やれやれと言った感じだ。

「ふぁぁああ、よく寝た」
「授業が無いからと言って寝過ぎだぞ」
「いいじゃないか、ここは私のベッドより寝心地がいい」

毛布を腰までめくりあげだるそうに体を起こした。背中から見たので最初はひどく痩せているということしかわからなかったが、ゆっくりと足を床につけ目を擦りながらこちらを向く頃には相手が女だと言うことが分かった。上下揃いの黒いジャージ、背中には『何某学園演劇部』の文字。たっぷり時間をとって女はようやく伸びをしながら立ち上がった。

「やぁ君達。何某学園演劇部へようこそ。私は部長の霞飛鳥。こちらは助手の片倉くん」
「誰が助手だ」

部屋の奥へ進んだ片倉がごそごそと黒板の前で何か探している。飛鳥の言葉に不平そうに声をあげたが、探し物が見つかったのかそれを手にして部屋の中央へ戻ってきた。
棒状に巻かれたござだ。
それを床に放り投げると、床にかがんで開き始めた。開き終わる頃には、ソファの前で軽いストレッチを終えた飛鳥が片倉の脇に立っていた。背丈の差は20センチ以上もある。飛鳥が上機嫌で上履きを脱ぎござの上に正座すると、片倉がそれに倣った。二人の方を向くとにっこり笑って手招きする。

「まぁ座りたまえ。話をしようじゃないか」

零威は未だピリピリとした気を放っていたが、朔夜はきょとんとして立ち上がった。恐る恐る部屋に足を踏み入れると、心中を察したのか飛鳥は苦笑した。

「取って食おうってわけじゃないんだから。そんなに警戒しないで」
「は、はい…お邪魔しまーす」

そろそろと部屋の中に入ると零威が背後から背中を突いた。転びそうになり前のめりに堪えた朔夜が文句を上げようと振り返ると、そこにもう姿は無かった。はっとしてござを見るとすでに零威は腰を下ろしていた。

「君は実にいい目をしてるね。一年の頃のわたしのようだ。名前は?」

慌てて朔夜が零威の隣に座ると、向かい合う形で座った飛鳥が頷いて話し始めた。

「剣零威。一年へ組」
「君は?」
「皇朔夜です。一年い組です」
「れいちゃんとさっきーね」
「は?」
「うちの部はあだ名か本名で呼ぶのが『掟』なんだ。私の事は飛鳥と呼んでくれたまえ」
「掟…ですか?」
「うちの部には様々な『掟』がある。守れない場合は厳重注意と片倉くんからアッパーのプレゼントだ」

さも当たり前のように飛鳥が言うと、隣に座った片倉がにこりと微笑んだ。朔夜の表情が強張った。零威は無言で片倉を見つめている

「れいちゃんは片倉くんに興味があるみたいだね」
「…ええ」
「片倉くんは凄腕の武道家でね。ちょっとやそっとじゃ気配すら掴めないよ」
「武道家?」



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