7/20

「それでは、まず説明するより先に幽霊を見ていただきます」

滝川の言葉で会場は一気に混乱状態になった。幽霊。幽霊が現れるのだ。いきなり、しかも自分の意思とは関係なくこのリストバンドのせいで見えてしまうのだ。
しかし、朔夜を挟んだ矢野と唐沢は平然としている。
いや、良く見ると二人はかたかた震えている。恐いのを耐えているようだ。

「新聞部としてはこの記事は逃せられないでしょ」
「くっそ、カメラさえあれば激写してみせるのに」
「お前ら恐くないの?幽霊だよ?何が出るかわからないんだよ?」
「こえーよ、ちびりそうなくらいな!」
「でも、俺幽霊見るのって初めてじゃないから…」
「お前もか?俺もだよ」

上級生はまだ笑いを押し殺しているのか、一年生だけが大騒ぎだ。
体育館の入り口と言う入り口に叫び声を上げた生徒が群がるが、教師が全員で阻んでいて外へは出られない。滝川の覚悟するようにというのはこのことだったのだ。
それから二年生、三年生が動かないのを見て、各々が気づき始めた。この騒ぎに動じないということは、二年生、三年生はこの地獄を乗り越えているはずなのだ。それでもこの学園にいる。しかも、幽霊が出ると言われても全く動じる姿が無い。それに全員が気づくまで、十分はかかった。比較的早く混乱は収まったが、女子は身を寄せ合い、男子は数人で十字を切ったり様々な行動をしている。クラスごとの列も乱れ、一年生の並んでいた場所だけぐちゃぐちゃになっていた。

「十分ですか。落ち着くのは非常に早いようですね。今年の一年生は見所がある」

滝川は腕時計を見ながら冷静に生徒が沈着を取り戻すのを計っていた。
体育館の入り口付近にはもみくちゃにされた教師達が、ネクタイを緩めたり、手で顔を扇いで見たり、ストレッチしてみたりしている。

「それでは我が校の名物教師、的場先生お願いします」

滝川はすべてを淡々とこなしていた。まだ生徒が恐れているにもかかわらず、さっさと幽霊であろう人を壇上に呼び出した。




「初めまして、みなさん。的場と申します」

現れたのは、一人の男だった。細身だが中年と言っていい歳だろう。ブラウンのベスト、薄茶のパンツ、首には紫色のリボンタイ。どこからどう見ても普通の人間だ。ただひとつ、足以外は。
日本の幽霊には足が無い。炎の様に逆巻いて、燃え上がっている。
男もそうだった。普通の人間の足元が燃え上がっている。ただそれだけだ。
一年生は拍子抜けしたようだった。
もっとおどろおどろしい、化け物のような幽霊が出てくると思っていたのに。現れたのは普通の中年男。しかも満面の笑みで、逆に癒されそうなほどやさしい雰囲気をまとっている。

「幽霊歴は70年ほどになります。死因は第二次世界大戦での空襲です。今はこの学校の美術教師をやっています。死ぬ前は画家だったんですよ」

男、的場は全く警戒心の無い笑顔。自分の死歴を語る様子に、悪意など全く無い。一年生がぽかんとしていると、二年生、三年生が耐えかねてぶはっと吹き出した。

「はぢめちゃーん、相変わらず幽霊っぽくなーい!」
「はぢめちゃん見ちゃったら幽霊の見方変わっちゃうよー」

上級生は各々的場を指してぎゃはははと笑っている。
しかし朔夜は笑えなかった。どんな幽霊が出てくるかは知っていた。幽霊に関して知らないことは少ない。だが例え的場がどんないい幽霊でも、今は関係ない。黄泉状態だからだ。




[ 42/55 ]

[*prev] [next#]
[mokuji]
[しおりを挟む]
メインへ
TOP



「#幼馴染」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -