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「お邪魔しまーす…」

扉を開いて立ち尽くしている零威の脇から朔夜が腰を屈めて覗き込む。目の前には広い玄関と雑然とした靴脱ぎ場、向かって左手に廊下が敷かれていた。大道具に使うのか薄い板や長い木材が壁に立て掛けられている。段ボールが幾つも積み上げられており、靴脱ぎ場を侵食していた。かなり広いたたきには何足もの靴が脱ぎ散らかされている。学校指定の上履き用サンダルと上履き靴が靴脱ぎ場に散乱し、何人の人間がここにいるのかわからなかった。開かなかった右の扉の影はありとあらゆる資材が置かれており、開けられるような状態ではなかった。
じっと斜め左前の薄暗い廊下を見つめている零威を一瞥すると、朔夜は腰を正して建物の外壁を見上げた。
洋館のようである。
ここは普通の部室棟とはちがう。孤立した一つの家のような建物だ。校門から入った道が左右に別れ、左の道の脇にそれはあった。周囲には影を作る背の高い木々が植えられており、道を通ると春先でも寒いほどだ。木々の影は建物にも及び、古ぼけてところどころ塗装の剥げた、うらぶれて朽ち果てそうなその館に更なる蔭を落としていた
建物は二階建てで道路に面した壁には大きな窓が設けられていたが、磨りガラスが入っているため中は見えない。
周囲には朔夜の身長ほどもある植物が何本も植えられていた。手入れはされていないのか枝は伸びたい方向に好き放題伸びている。

「行くわよ」

外観に目を奪われていた朔夜の耳に圧し殺したような零威の声が届いた。はっとして扉の方を見やると、既に零威は靴を脱ぎ始めている。

「誰か居るのかな?えらく静かだけど」
「知らないけど…人の気配はしないわ」

二人はそそくさと靴を脱いで揃えると、靴脱ぎ場に立った。朔夜は取りあえず重たい髪の床を床に下ろした。玄関の壁に隠れて見えなかったが、左手の廊下の手前ににくり貫いたような入り口があった。扉はない。そろそろと音を立てないように近づくと、同時に中をのぞき込んだ。
広い部屋だった。教室が丸々一つ半は入るだろう。広くて殺風景な部屋だった。二人が覗いた壁際の入り口から、奥に向かって広がっている。左の壁際には外と内とを隔てる磨りガラスの窓が構えられていた。屋外の植物や木の影が陰影を落としている。その前に積み上げられた長机と水色のシートのベンチが設けられていた。ベンチの上にはかろうじて座るところを残し、本が散乱していた。漫画や小説、台本まである。
反対側、右の壁際に面してはおそらく塗ったばかりは白であったろう灰色の壁が構えていた。壁際には事務机は奥から大、中、小となるように並べられている。首を真横に向けると、入り口づたいの壁には安っぽい木目調のカラーボックスが2、3並べられていた。右側の壁との繋ぎ目にこれまた散らかった長机が置かれていた。
奥行きを見ると、なんだか雑然と物が積み上げられていた。玄関よりはるかに物が多い。広い部屋の三分の一はものがひしめいている。左手のベンチの奥には大量の長机が積み上げられていた。尋常な数ではない。三メートル四方は幅をとっていて、高さは朔夜の身長を越えていた。右側の机の奥には壁の窓を挟んだところに天井まで届く棚が置かれていた。壁際に人が入れるか入れないかほどの隙間があって、色褪せたカーテンが風になびいていた。奥にも壁に面して窓があるのだろう。
その長机の山と巨大な棚との間にちょうど凸の形になるように空間が拓けていた。一番奥の壁にはごちゃごちゃと文字の書かれた黒板が張り付けられている。床には2メートル四方の平台が置かれている。その上には何も乗っていない。人が乗るのだろうか。

「なんか汚いところね」
「しーっ!誰か聞いてたらどうするの」
「誰もいないじゃない」
「万が一ってことがあるじゃない」
「誰かね」

しげしげと中を観察していると零威が不満そうに声を上げる。慌てて零威を牽制する朔夜の焦った声に、発生源のわからない声が差し込まれた。零威も朔夜も咄嗟に身構える。鋭い視線で部室の中を見渡しても人はいない。しばらく黙って部屋の中を見つめ気のせいかと胸を撫で下ろそうした瞬間、再び声が発された。

「片倉くん。誰かね」

今度ははっきりと聞こえた。
声の発信源に二人の視線が注がれる。右側の壁の奥、一番大きな事務机と巨大な棚の谷間。大きくくり貫かれた窓辺、その下に深い緑色のソファが置かれていた。声はそこから発された。よく見ると頭まで爪先まで毛布にくるまった人がソファに横たわっている。

「娘が一人と坊主が一人」

背後から値踏みするような声が聞こえた。弾かれたように振り返る。振り返って更に驚く。二人と同じように腰を屈めて部屋を覗き込むような体勢で、声の主はにっこりと笑った。

「ぎゃああああ!」
「あ、あんたいつの間に…!」
「新入希望かね。新入だけに侵入、なんちて」
「うまいうまい」



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