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朔夜が叫ぶと玄関の方から声が聞こえた。朔夜の家は住宅街の真ん中にぽつんとある街の工場の二階にあり、細い階段一本で地上に繋がれている。階段は室内にあり一階に繋がる扉があり、中には自転車や大きな荷物が置いてある。二階に登った玄関の踊り場と反対にある扉が朔夜の部屋だった。返事はそこから聞こえた。

「ごめん、漫画読んでた」
「いいよ別に。ダンくんも本読んでるんでしょ」
「なんか君の机で企画書みたいなの書いてるよ」
「なにしてんのそれ」
「きったない英語だからわからなかった」

玄関を潜り抜けて廊下を跨ぐとすぐにリビングの入り口だ。開け放して母が吊ったのれんの下から松本が顔を覗かせた。透けていない。足もある。松本はそのまま地繋がりの台所に立ち、洗い物を入れる籠から二人分の茶碗としゃもじを手に取った。

「今日一緒にお風呂入ろうか。そろそろ木偶を洗わないと」
「そうだねぇ、もう二週間くらい洗ってないね」
「……!!」

風呂と言う単語が聞こえたのかダンが玄関から駆け込んできた。立ち上がった朔夜は顔をひきつらせて後ずさる。松本は慣れた様子で棚に備え付けた釜の前で白米を盛っていたが、背後から来たダンに背中を小突かれ茶碗を取り落としそうになる。

「何すんですか博士!…『僕を差し置いて朔夜と風呂に入ろうなんていい度胸だな』?もう、毎回言ってるじゃないですか…」
「ダンくんの木偶にはいつも通り松本くんに入ってもらうから」
「『ひどいじゃないか朔夜!子供の頃は毎日一緒に入ってたじゃないか!』」
「朔夜、たまにはダンくんと一緒に入ってあげたら?」
「木偶に入ってるとダンくん身体中触ってくるんだもん!気持ち悪いんだもん!」
「ほら、博士朔夜くん溺愛してるから…」

木偶とは。朔夜は神降師である。能力は先に述べた通り人間や形代に幽霊を強制的に取り憑かせることである。朔夜は修行の一環で自宅に帰ってくるとまず、木偶と呼ばれる特注の形代に背後霊を叩き込む。朔夜の祖母の実家には自分の背後霊の生前の身長体重に合わせた木偶を造る機関がある。詳しくは後に語るが、ようするに木偶は幽霊のために造られたオーダーメイドのマネキンのようなものだ。これに入ると霊は人間と同じになる。骨格や関節は人間と同じで動きにまったく違和感はない。

「絶対ダンくんとは入らないよ」
「形の違う木偶に入るのはしんどいからできたら博士と入って欲しいんだけど…」
「そんな殺生なこといわないでよ、松本くん」
「『二度と朔夜の身体まさぐらないって誓うから!』」
「ぜってー嘘だろ!まさぐるとか言うな!」
「ほんとに朔夜とダンくんは仲良しねぇ」
「見ててほのぼのしますよね」
「どこに眼ェつけてたらほのぼのすんだよ!」
「そんなことは後で良いからご飯食べなさい。松本くん、ありがとう」

母の言葉には有無を言わせない強さがあった。朔夜はいつも言い返せない。ダンさえも口をつぐんだ。松本はいそいそとダイニングテーブルに茶碗を並べると、リビングの机の脇の床に座り込みテレビをつけた。朔夜と母は向かい合って座った。朔夜の隣の席にダンが座る。




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