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口汚い罵りあいに発展しそうだ。喧嘩はしないと言ったくせにもう反故にしつつある。余程御互いに御互いのことが気に入らないのだろう。朔夜は肩を落として松本の方を見た。

「…松本くん。いつも言ってるけど、もっとソフトな言い回しないの?」
「え?僕?」
「どうしてそのまま通訳するの?」
「え、だって博士が…」
「君がダンくんの言葉を代弁してるのはわかるけど、せっかくワンクッション置いてるんだからもっとなんていうかさぁ…」
「え?何?どういう意味?」
「…ダンくんはあまり言葉が綺麗じゃないから、そのまま通訳すると相手に喧嘩を売ってるようにしか聞こえないんだよ」
「喧嘩売ってるんだよ?」
「だーかーらー…」

本気でわかっていないようだ。不思議そうに野球帽のひさしに指をかけた。朔夜は頭が痛いと言いたげに眉間に指を当てる。松本以外の全員が朔夜の意図を理解したようだったが、肝心の松本がまったくわかっていない。首をかしげる。

「博士の言葉を代弁しちゃいけないの?」
「そうじゃないよ。松本くんいないとダンくんが何言ってるかほとんどわからないし。ただ、人を刺激するような言葉は控えてって言ってるの」
「ああ、博士の人を小馬鹿にしたような言葉を僕がそのまま伝えるのが問題なんだよね。こないだも言われたっけ」
「やっとわかってくれたか」
「いつも言ってるけど、博士はそのまま伝えないとキレるんだよ。キレたら僕には手に負えないし、怖いし…」
「いつもいつもこの問答だよね?ダンくんの圧力に立ち向かおうと言う胆力はないの?」
「ないよ」

松本は朗らかに笑った。毎度朔夜は『そのまま訳すな』と言い、松本は『嫌だ』と言う。何度目だろうか。その度に朔夜は説明して松本は悟ったような笑顔で反論する。元々気の小さい男で死因もそれに由来していたが、時折頑として譲らない事があった。この件もその一つだ。

「僕は死ぬのは怖くないけど、博士は怖いんだ。恐ろしい目に遭うから」

どんな目に遭うんだ…松本、ダン以外の全員が息を飲んだ。各々想像してみるが、鞍羅それは貧弱だった。どんなこと、と零威が口にすると松本は笑顔で彼女の方を向いた。

「前に注意されて発言を控えたときには、麻酔無しで身体中切り刻まれたよ。死んでるから死なないけど全血抜かれたこともあったなぁ。変な能力は身に付いただけど…ああ脳味噌摘出されたときはもう一度死ぬかと思ったよ。あとは…」

そう言うと松本は帽子を取った。頭をぐるりと囲んでいるのか額の上に傷痕が残っていた。通常幽霊は怪我したり傷痕が残るようなことは無いのだが、幽霊同士の干渉でどちらかの具現化にノイズが残り傷痕があるように見える。松本は帽子を深くかぶりなおすと吐きそうな顔をしている朔夜に笑顔を向けた。

「二度と思い出したくなかったから今まで言わなかったけど。僕も少なくとも努力はしたよ。だけど博士への恐怖心はそれを上回るんだ。だから…」
「いい、もういい。わかったから。もう言わないから」
「わかってくれて嬉しいよ。ついでに、それでもさっき必死で博士を止めた僕の勇気も買ってくれると嬉しいな」
「買う買う、いくらでも買う。ほんとごめん、俺が悪かったです…」

ダンの『実験』は主に夜中、朔夜が寝ている間に行われる。特に大がかりな作業はどうやって用意したのか、『実験室』と呼ばれる場所で行う。朔夜は関知したくないので今まで触れなかったが、同じ背後霊同士でそんなエグいことが行われていたのを初めて知った。いや、朝起きて松本が死んだように眠っているのを見ると、勘づいては居たのだ。片倉は握手した右手を見てゾッとしたのか、服でごしごしと拭った。女性陣は完全に退いている。飛鳥でさえ不快な顔をしていた。

「二度と言いません…ごめん、嫌なこと思い出させたみたいで」
「やだなぁ、そんなにかしこまることないのに。幽霊になっても僕の存在なんて虫以下なんだから」
「…松本くん?」
「別に今こうしてみんなに話したせいで今日の夜辺り僕の身に何か起きそうなんて心配で心臓が潰れそうとかそんなんじゃないから」
「え」
「博士がさっきから無言で睨んでる気配が背中に突き刺さって恐怖で肺が痙攣起こしてるとかそんなんじゃないから」
「ダンくん、松本くんにこれ以上何かしないで!」
「………」
「博士が無言だと余計に怖い!」




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