■ されど咒式士は波間に舞う

※「されど罪人は竜と踊る」からのトリップ設定
※誰得俺得




 前方約80メルトルの地点に大型の帆船が一隻、更にそこから10メルトル程離れたところに少し小振りのものが二隻。メインマストに掛けられた帆には大きなジョリー・ロジャー。隣に立つ腐れ上司が眠そうな目で私に合図を寄越したから、文句は後にして腰に帯びた最大業物級の魔杖剣〈刺し穿つ者リソーサ〉を抜き放った。
 と同時に引き金を引く。自動弾倉に装填されている大口径の咒式弾が自動選択されて薬莢が排出され、私の意識と咒力が仮想力場を通り、鍔に埋め込まれた五連紅玉宝珠で収斂し位相転移、薬莢内の置換元素を触媒にして物理干渉。紡いだ咒式が刀身で増幅され咒式組成式が展開、化学系鋼成咒式第一階位〈矛槍射〉の鋼の槍を掃射。狙った目標に5センチメルトル以内の誤差で到達し、見張り毎メインマストを中程から破壊。更に3回引き金を引いて〈矛槍射〉を追加し、生体変化系第二階位〈黒翼翅〉で羽を生やし同じく第二階位〈空輪龜〉で加速してすたんと海賊船の甲板に降り立つ。
 マストが倒れたそこで騒いでいた男たちを一瞥し、私はもう一振りの魔杖剣〈封じ手チバガジ〉を抜き放つ。元々双剣遣いではないが相手の数が多いならこちらの方が早い。幸運にも手練れはいないようだし。
 とっくに解除した〈黒翼翅〉の代わりに生体強化系第三階位〈衂蟹殻鎧〉を発動して全身を甲殻鎧で覆っていく。ゴキッと首を鳴らして、私は剣先に組成式を多重展開。

「サクッと終わらせたいから協力して自分からそのクソっ垂れの首を差し出して頂戴、豚野郎共」


◆ ◇ ◆


「ご苦労様だったねェ〜※※※ちゃ〜ん」
「えぇっ、総指揮の俺に労いの言葉は?!」
「ある訳なかろう、サボっとったに決まっちょる」
「まぁソレの働きはお察しの通りですが楽な仕事でしたよ黄猿さん、赤犬さん」

 私にソレと言われた腐れ上司こと大将青雉、本名クザンが鬱陶しい嘘泣きをするのは黙殺。百回回って狗のように泣き喚きながら死ねばいいのに。いや寧ろそういう呪殺を考案したら全人類、主にそのうちの私と迷惑掛けられまくりな連中がハッピーだから今度暇な時に真剣に検討しよう。
 そう思いながら目の前の豚肉に噛り付く。ん、美味しい。私は前衛職だから兎に角大量にエネルギーを必要とする。既に4人前ぺろりと平らげているけどお腹はまだ半分くらいが漸く満たされただけだ。
 さて、ここらで自己紹介をしておこう。私は※※※・***。こっち流でいけば姓名の並びは逆だ。ツェベルン龍皇国の委任自治都市エリダナに事務所を構える攻性咒式士で、到達者たる十三階梯。因みに女としちゃエリダナ市内では──どこぞの魔女とその得体の知れない配下たちを除いては──右に出るものがいないと言われる程度の実力はある生体変化系の咒式士であり、副系統として生体強化系と化学鋼成系も第五階位までなら操ることが出来る。
 そんな私が今いるのは、何ともびっくり異世界だ。海賊の跋扈する海の多い世界である。炸裂したどこかの馬鹿の核融合咒式──勿論だが各種咒式法に抵触するか若しくは重大な違反を犯している──の熱を微かに感じて、魔杖剣の宝珠が自動で咒式に割り込んで余波を無効化しているのを見たと思った時には私は海に放り出されていた。空間転移なんて数法系の最高位クラスの咒式士にしか不可能だ。そんな奴は近くにいなかったし、私に向けられた咒力も一切なかったってのに。
 で、一悶着やらかして海軍に捕まった私は、色々あってその海軍に雇われている。因みにこうして上司たる大将方と一緒に食事をしているのは、給料の6割くらいは食費ですと言ったら度々奢ってくれるようになったからだ。正直本当に有り難い。

「それにしてもよく食べるよね、筋肉あるとは言えその細い体のどこに入ってってんの?」
「何訊いてくれてんですかセクハラです海の底より深く反省して死んで下さい」
「まぁまぁ、若いうちはいっぱい食べるといいよォ」
「…これでも全盛期より量は減ったんですけどね。流石に四十も過ぎると若い子のようにはなかなか」

 まで言ったところで、びしりと固まった空気に気が付いた。引き千切ろうとしていた牛肉の塊をしっかり噛み砕いて飲み込んでから、私は妙な顔をした3人に視線を向けて首を捻る。

「どうかしました?」
「…※※※、」

 そこまでは音になったものの、赤犬──ことサカズキさんまで咄嗟に言葉が出ない様子。黄猿ことボルサリーノさんも同様らしいので 、私は仕方なくお喋りなサボり魔腐れ上司の足を軽く蹴る。本気でやったら簡単にへし折ってしまうからほんの軽くだ。
 物凄く躊躇う素振りを見せてから、クザンは漸く口を開いた。

「えぇと…今、幾つって?」
「私が? 今年で44ですけど」

 言った瞬間、また盛大に空気が固まった。それから思わず耳を塞ぐくらいの音量で「そんな馬鹿な」とか何とか驚きの声が漏らされる。静かながらサカズキさんとボルサリーノさんも驚き顔だ。はて。

「言ってませんでした?」
「…聞いとらん」
「初耳だねェ〜」
「俺とそんな変わんないじゃん! 見た目20代にしか見えねェのに!」
「攻性咒式士なんて大体こんなものだし生体系の連中は特にですよ」

 肉体的な若さを保っていなければ強大な龍や〈異貌のものども〉とやり合えやしない。後衛はまだしも前衛なんて体が資本だ。事務所に来るごく普通の依頼は若手に任せているけど私もまだまだ現役、厄介なのや大物取りには参加する。
 クザンの視線が私の体の上を滑っていく。何だか含みというか思いっきりな下心を感じる。強化筋肉で首ねじ切ってやろうか。他二人からも似たような視線が注がれている気がするけどこの際無視だ無視。

「…俺の我慢と葛藤は一体……」
「※※※ちゃん、今度わっしとお茶しにいかないかァい?」
「※※※、いい小料理屋を知っとるんじゃが」
「くォらそこ2人! 抜け駆けすんな!!」

 両側から掛けられる声をクザンが遮る。それを煩いなぁと思いながら半分聞き流しつつ、私は5皿目の子羊のロティを平らげた。取り敢えずクザンは却下、私よりひょろい男って全然好みじゃない。







うっかりドラッケン設定になりそうだけど多分違う。咒式はDD設定に準拠。

13.06.19

[ prev / next ]
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -