■ 罪を犯す舌

「…女。おい、死んだか?」

 髪を掴んで体を引き上げられる。彼が綺麗だと誉めてくれた長い髪がぶちぶちと千切れる音がする。重たい目蓋をうっすら開くと、視界には赤が映った。燃えるみたいな、血の赤。
 答えないでいると、ぐっと首を掴まれた。じわりと気道を狭められて呼吸が苦しくなる。ひゅう、と鳴った喉に、嫌な感じの笑みが零される。あぁ、まるで悪魔。

「そう簡単にくたばるなよ、面白くねェ」

 私は何にしたって面白くなんてない。そんな言葉は音になりはしない。
 向こうに彼が倒れているのが見える。来月には結婚する筈だった愛しい人。だらりと投げ出された手、目を見開いた顔には死相。それに酷くショックを受けている筈なのに、私の目は赤に釘付けられている。
 粗野な海賊の、頭と呼ばれているその人の頭髪。その手を染める液体。背後の街並み。何もかもが赤かった。
 嗚呼。逃れられない。非力な私がどうしてこの、簡単に街を一つ落としてしまう人の手から逃れられるだろう?
 そんな思考が過るのは、自分の罪を認めたくないからだ。どんなに怖くたって、嫌だって、あの時要求されたままにこの人に奪われていたなら、この街は炎の中に消えることなどなかったのだ。誰も死にはしなかった。ただ、私が犠牲になりさえすれば。

「ハッ、泣いてんなよ…興奮する」

 殴られて腫れた頬の上を舌がべろりと舐めていく。それは浅い呼吸を確保する為に半開きになった唇に辿り着き、深く口内に侵入した。
 気持ち悪い。その筈、なのに。ひくりと宙に浮いた私の指先が反応するのに、目前の海賊は至極満足げな笑声を上げた。

「お前は俺のモノだ」

 そして私は──赤に、堕ちる。







女1人得るのに平和ボケした街1つ、実に安い買い物だ

13.06.07


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