風邪なんて、いつ振りに引いたことか。ひょっとしたら、施設にいた頃引いた以来かもしれない。幸い0組の次の作戦予定は三日後。それまでに完治していれば何の問題もないはず。わたし一人の病気で、0組の皆に迷惑はかけられない。今日は大人しく一日床に伏していようと上に掛けた毛布たちの下にもぞもぞと潜る。瞼を閉じかけた、その時。緊張の糸が全身に絡み付く。原因は、オフにも関わらずCOMMの電波を受信した為。だが相手を確認した直後、ピンと張っていた物が一度にするりと緩まった。
「…エイト?どうか、した?」
「ああ、たまには外で腕慣らしでもどうかと思ったんだが………なあ」
「んー…?」
「どこか、悪いのか?」
どうして彼は分かったんだろう。肉声でないとはいえ、いつも通りに会話出来てたはず。なのに、何故?COMM越しでも感じる僅かな違和感みたいなものが存在するのか否か。それか彼には機械音から秘めた妙な空気を察知する程の洞察力があるということだろうか。どちらにせよ、よくある可愛らしい嘘もエイトの前じゃ霞んで消えてしまうのは事実。トンベリが隊長の前で喋ったんだよ、とか、シンクの料理がとっても美味しかったんだ、とか。後者はシンク本人に、嘘じゃなくてホントなのにぃ〜、とお叱りを受けたけれど。…真実は神のみが知っている。
とにかく、だ。エイトに隠し事はほぼ不可能に等しいのである。しかも今回は嘘ではなく隠したつもりのなかったコンディションを見抜かれただけに、胸の高鳴りが尋常じゃない。心拍の鎮め方を知っている人がいるのなら誰かわたしに教えて欲しい。何でこういう時に限って無駄知識の豊富なトレイが近くにいないかなあ。かといってわたしの部屋に常時トレイがいても困るの一言に尽きるけども。
「…少し熱があるだけ、だよ。一日寝てれば治ると思うから」
不思議なことに、思う、の時点で既に通信が途絶えていた。エイトの身に何か起こったのではないかと当惑する。自分の体よりも彼の安全を確認したい、そう思ったわたしは気怠さを纏った五体で立ち上がり覚束ない足取りで部屋のドアまでたどり着く。するとひとりでに開いた向こう側には、今まさに会いたかった彼の姿。走って此処まで来たのか、唇は整わない呼吸を繰り返す。ばっちり、目が合った。
「…寝てないと駄目だろ」
「い、いきなりCOMM切れたから心配になって…わっ 」
「心配したのはこっちの方だ」
強く右手首を掴まれたかと思えばそのまま引き寄せられて、視界いっぱいに彼の胸板が広がる。背中に回された腕の温度で抱き締められているんだと改めて感じた。何度名前を呼んでも、必死に風邪移っちゃうよと言っても、一向に離れる気配はない。
「エ、エイト、あの、」
「………。腕慣らしはいつでも行ける」
「…?」
「今日は、ずっとここにいてもいいか」


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