シンデレラではいられない。(2)

「おき、沖田、なんで、布団、」
「そんなやわっこい脚しやがって」
「やわ、やわっこいって……。どうせ肉厚ですよ」

 多分そういうことを云いたいんじゃない。なんとなくはわかってる。でも、なんとなく、今はそういう話をしたくなくて。話を逸らしたくて。必死に伸ばしているブラウスの裾から伸びる素足を、膝を折って引き寄せる。でもあまり膝を立てたくはなかった。後ろに、漏れてしまいそうで。

「ねぇ、沖田、寒い」
「…………」
「……ねぇ……」

 沖田は少し苦い表情のまま、ゆっくりと畳に片膝を着いた。でも布団は返してくれないまま、こちらに手を伸ばす。薄暗い部屋で鈍い肌色が、それよりもわずかに白い膝に、触れた。びっくりして沖田を見たら、その手はゆっくり腿の側面を降りていく。慌ててその手を両手で止めた。

「な!に、なに!?なになんなの!」
「…………」
「なんか、云っ、」
「“女”は、やわっこくて、まるみがあって、良い匂いがして、男を受け入れる穴がある」
「は……」

 急な発言に愕然としていたら、沖田がこちらに擦り寄って、そのまま抱きしめられた。彼はブラウスの背中を握りしめているのか、胸が苦しい。私は彼の肩に顎をつけたまま天井を見上げて、このあとどうしたら良いのかを必死に考えるけれど、ずっと驚きっぱなしの脳みそはそう上手く動いてはくれなかった。役立たず。
 沖田は私の首筋に鼻を寄せたらしい。首筋に冷たい感触がした。すん、と音がする。

「やめ、やめなさい」
「本当だ。嫌な匂いじゃない」
「それは良かった。だから、離し、うわあ」
「本当だ。やわっこくて、まるみが、」
「要らないところが肉厚で悪かったなっていうか本当にやめうわああぁ本当やめろってば」

 背中にあった沖田の手が肩やら腰やら腹やら胸やら脚やらを撫でる。その撫で方に妙に色気が無くそれが助かった要因に思えて、だから私の反応も可愛いげがない。なくて良い。はやくこの暴走野郎を止めなくては。
 彼の手をそれぞれ掴まえしっかり敷布団に押さえ付けた。そのせいで沖田も私も前のめりになって顔が近くなる。真顔の中の空色がゆらゆら揺れる。また薄いくちびるが開かれた。

「あとは穴」
「……なにがしたいの」
「お前が“女”だって、認識するため」
「そんなの、もうわかったことでしょうが」
「わからねェ」
「嘘云うな!さっきわかったような口ぶりだったじゃんか!」
「わからねェよ」
「なに云って、」
「わからなかったんだよ。わかりたくなかった。でもわかったんだよ。わかってんだ。そうしたら知りたくなった」
「……何を。」
「お前を。」

 お前を知りたい、と。ずっと知らぬふりをしていた分を知りたい、と。云いながら沖田は私とくちびるを合わせた。ただただくちびる同士を合わせるだけの、他からしたら幼稚なものだった。静かに触れて静かに離れたら、沖田は私の肩に頭を乗せた。額の良い位置を探して、やがて動かなくなる。
 だんだんと外は日が落ちていたようで、すっかり障子からの日の光は赤くなっていた。私の躰の状態をまざまざと表しているみたいで、腹の中がこそばくなる。ぼんやりそんなことを感じていたら、片側からぼそぼそと声がした。

「お前があの時あーなってから、どう接したら良いのかわからなかった」
「……うん」
「あの時近藤さんに云われた。今まで通り仲良くな、って。……無理だった」
「……そうみたいだね」
「多分はじめから認識してたら違った。今までそんなの考えたことなかったやつがそうだって見せつけられて、しかもそれがお前で。困った」
「……私も困った。沖田が避けはじめたから。明らかに目を合わせないし話しかけても必要最低限だし話しかけてくれなくなったし周りはやっぱり女隊士は要らないとわかったんだなみたいに云うし」
「そんなのまだ居んのかィ」
「居るよそりゃあ」
「……阿呆らし。」

 そうですか、と云いながら私は目を瞑る。さっきまでばくばくしていた心臓がゆっくりと落ち着きを取り戻していく。

「なぁ、まだ、間に合うかィ」
「……何が?」
「……なんていうか、俺らは。」
「……間に合うも何も、私は拒否なんかしないよ」
「……そーですか」

 安心したように云って、きっと彼は今笑った。頬を上げて、あの整った顔をやわらかくした筈だ。
 このあと、おそらく沖田は昔には戻れないにしても、今までよりは昔みたいに接してくれるのかもしれない。昔には、きっと戻れない。だって、沖田の認識が変わってしまった。私もそれなりに変わっているけど、沖田のはきっともっと大きい。どのくらいって、私たちの関係がまた変わってしまうような、そんな具合に。でもとりあえず今は、やっと解りあえたことの嬉しさを感じながら、目を閉じていたい。今は。



シンデレラではいられない。
(2012.1.14)
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