「あぁえっと、結局俺たちって男だからやっぱりわかんないと思うんですけどね」
「…………」
「女の子って、その、アレがあるじゃないですか。数時間前に云ったように」
「おう。で?」
「それが……まったく平気な人もいるんです。でもすっごい痛くて、名前曰く重たい人もいる」
「……重たい?」
「えぇ。重たい。」
「……なんでィそれ。なに重たいって。腹に重りでも入ってんのか女は」
「いやいやいや……俺女の子じゃないからなったことないんでわかんないんですけど、でも倒れるくらいだから痛すぎる、みたいなことでしょうかねぇ」
「(あーやっぱりあの足掛け……)それで俺にどうしろってんだ」
「局長はどうして、隊長を此処に寄越したんですか?」

それはわかっている。今の話を訊いただろうあの人が何を思ったか。でもなァ。

「……俺は謝る気は無ェ」
「……は?え、名前に何かしたんですか?」
「……本人から訊いてねーのかィ」
「いや、特には……ってやっぱり何かしたんですね!!」
「五月蝿ェ山崎ジミーのくせに」
「今全然それ関係ないですからァアア」

ひとしきり叫んで唸った山崎はため息をついた。はぁあ。俺がつきてぇよ。そう思ってまた空を見上げた。あー雨が降りそうな色してやがる。かゆくもないのに後頭部をかいた。そのまま首の後ろに手を下ろして、少しうつ向いて眼を閉じる。脳内の記憶の引き出しを引いて思い出す。あの時。苗字は少し起きづらそうだった。右の腰。添えた手。あれは、我慢してたのか。もしかしたら此方から見えない場所では表情を歪ませてた?眼を開けた。苛々した。苛々した。今まで散々俺が苗字にしてきた洒落にならない悪戯全部本当は痛かったり苦しかったり腹立たしかったりして、いた?
わからない。わからないけれど、

「なァ、山崎」
「えっ……なんですか」
「苗字は、良く笑うのかィ」
「え……いやそんな頻繁には笑いませんけど…………でも、」

下げていた視線を上げて山崎の顔を見たら、本当に腹が立った。

「名前のわらった顔はやっぱり可愛いと思います」

俺は首の後ろにあった手を外して、そのまま山崎の頭の上まで持って行った。そしてその手を握って勢い良く、力いっぱい。

「っだぁあ痛ぁああああ!!!?」
「誰が惚気ろなんて云ったんでィ甘ったるい顔しやがって山崎のくせに。てかやっぱりってなんでィやっぱりって」
「なんかもう俺だからってだけで色々駄目になってません!?ていうか脳天痛ぁああ!」
「だって中指だけ少し出したし」
「ナックルか!あんたの手はナックルにもなんですか!」
「おう、そうだ俺の手はナックルだ」
「そんなわけ…………隊長?」

悔しかった。散々ちょっかい出して悪戯仕掛けたのは俺なのに、その反応はすべて仕掛けた俺ではなくこの眼の前の男に、示していたような気がして。あぁ腹立たしい腹立たしい。悔しかった。なんだろうこの、気分は。気持ち、は。
俺の表情が悔しさと腹立たしさを混ぜ込んたなんとも云えないものになっていたのか山崎が再度心配したような顔をした。それさえも腹立たしかったのでまた山崎の頭を(ナックルはやめて)殴ったら「いい加減にしてくださいよ!」と大声を出された。まるで俺がこいつを苛めてるような感じになってきたので手を引っ込めた。その時。
さらり。障子が静かに開いた。勿論障子を開けたと思い当たる人物はひとりしか居ない。少し顔を動かして左を見た。

「わっ、名前駄目だって起きたりしたら!」
「大丈夫だよ。どうしても、云いたいことがあるの」
「…………なんでィ。」

部屋から出た苗字は躰を完全にこっちへ向けて、俺の眼を真っ直ぐ見上げていた。

「隊長。先ほど申し上げましたように、隊長に責任はありません。あれは私の前方不注意によるものです。あの時私はとても上の空でした。考え事をしていました。ですからたまたま隊長が上げた脚に私が引っかかった、だけの話です。責任は上の空だった私にあります。……だから退くん、違うんだよ。ね」

「ね」と山崎を諭すように云ったと同時に苗字の視線は俺から外れた。寒くなった。急に冬にあてられた気がした。これは、なんだ。苛々、する。

「、苗字」

俺は壁から背中を離さない。まるで貼り付いてるみたいだった。よくわからないけど焦っていた。らしくない。笑える。心中で自嘲して、苗字の右の肩を左手で掴んだ。女ってこんなに骨っぽくて、なのに柔らかかった、っけ。今はもう居ない姉のことをふ、と思い出してすぐ流れた。

「俺はお前がきらいだ」

こんなことを口にしたら、姉上はとても困った顔をして少し叱るだろうな。思って、でも口は閉じようとしない。山崎はたぶん唖然としていて何も云わなかった。苗字は未だに表情ひとつ変えない。こいつはとても瞳が黒かった。俺はきっと真顔だった。

「だいきらいでさァ。腹が立つ。お前見てるとすげえ苛々すんだ。お前何も反応しねぇし怒らねぇし泣かねぇし逃げねぇしやり返さねぇし笑わねぇし何なんだ何なんだよ。何で何もしねぇで謝んだよ、要らねぇよ、そんなん俺は要らねぇ欲しくねぇ、欲しくねぇし求めてねぇ。なんでお前、俺には何にも反応しないくせにこいつには……、ひでぇ話だ。俺ばっかりちょっかい出して馬鹿みてーだ。一人芝居だ。何で俺にはそんな冷めてんだよ何で、笑わない……」





空は冬。少年は春。




「…………」
「山崎喋んな、動くな、息すんな」
「まままだ何も云ってな、」
「ナックルの刑けってーい」
「なんでぇええういぎゃあああ!!!」

山崎の隊服の後ろ首を掴んでその場から逃げるように苗字に背を向けて歩き出す。なんとなく自分で気付いてしまった。自分の云いたいこと。俺もそこまで鈍感じゃない。でもちょっと気付くのが遅かった。だいぶ、自らバラしてしまっていた。またしてもらしくないことに、動揺していた。
そして、らしくないことに、あの冬のような女も。

「驚いたような顔してんじゃねぇや」





終?
なんだこの終わり方。
ヒロインさんは気付いたのか、否か。
女子の日ネタ。
(09.10.1)

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