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あなたの宝物になれたらいいのに


「奥様、旦那様がお見えです」
使用人の1人がそう言うと私は読みかけの本を勢いよく閉じた。こんなお昼にサンジ様がきてくださるなんて思ってもなかったから私は慌ててスカートを払った。
「ねぇ、おかしなところない?」
鏡で何度も確認したけどやっぱり不安になってもう一度聞いた。すると、使用人はクスクスと笑いながら言った。
「大丈夫ですよ。とても可愛らしいです」
「ほ、ほんとに?」
「えぇ、本当ですよ」
私達はお互いに見つめあって微笑んだ。使用人が出ていって少しして扉がノックされる。私が返事をするとゆっくりと扉が開かれた。そこにはもちろん、優しい笑みを浮かべたサンジ様がいた。体が揺れると、レースを重ねたジャボの中心にあるブローチの青が輝いた。ジャケットに施された金色の装飾に負けないくらい髪の毛もキラキラしていた。いつも通りかっこいいサンジ様に私の心臓はうるさく鳴っていた。
「急に来てごめんね。でもどうしても会いたくなっちまって……迷惑だったかな?」
「そ、そんなことありません!私もサンジ様に会えて嬉しいです」
「ありがとう。実はサンドイッチを作ってきたんだけど食べるかい?今日は天気もいいし外で食べようと思って作ってきたんだよ」
バスケットの中には綺麗な形をしたサンドウィッチが入っていた。パンからはみ出るほど具がぎっしり詰まっていて美味しそうだ。サンジ様はたまに料理長と一緒にキッチンに立つことがあるみたいだけどその度にこうしてお弁当を持ってきてくれるのだ。しかもどれも絶品だからこのサンドウィッチだって凄く美味しいに違いない。
「お手を」
差し出された手に自分の手を重ねる。ヒールを履いていてもサンジ様の方がうんと大きくてなんだか悔しかった。
外に出ると眩しさに目がくらんでしまった。サンジ様は大丈夫だろうか。吸血鬼は太陽に弱いと聞くけれど。私はぼんやりと先日の夜のことを思い出していた。寂しそうな顔をしたサンジ様を見たのは初めてだった。過去に何かあったのだろうか。長い時を生きている彼のことを全て知るにはあまりに時間が足りないと思った。私と過ごす時間も彼にとってはとてもわずかなことなのかもしれない。それは少し寂しい。
目を細めている間にいつの間にか椅子に座っていてティーセットがセットされていた。お茶の準備をする使用人を横目に私はドキドキしながらサンジ様のお顔を見上げた。こんなに緊張してしまうのなら身長差があってよかった。ずうっと近くで見てたら心臓が爆発してしまうかもしれないもの。私がぼんやりしている間にティーカップが並べられていた。そして紅茶の良い香りが鼻腔をくすぐる。一口飲むと身体中があったかくなっていく気がした。
「おれのお気に入りなんだ。口に合うといいんだが」
「美味しいです」
「そりゃあよかった。よかったらサンドイッチも食べて」
「はい」
私はサンドウィッチを手に取って食べた。ふわりとした卵とシャキシャキレタスの食感が心地良い。噛むたびに広がるトマトソースとマヨネーズの味に舌鼓を打った。サンジ様の優しさがこめられたような味だと思った。
「んん、とても美味しいです。サンジ様も一緒に召し上がりませんか?」
「じゃあお言葉に甘えて」
サンジ様は大きな口を開けて豪快にかぶりついていた。男らしく大きな手が小さなサンドイッチを掴んでいる光景が何ともミスマッチで可愛くて思わず頬が緩んだ。男の人をかわいいと思うなんて失礼だと分かってるけどそれでも愛しく思ってしまうのだ。
空になったティーカップをテーブルに置く音が響いたあとに沈黙が訪れた。お互い何も言わずにただ風を感じていた。上品な花の香りを乗せた風に私の髪や服が揺れた。穏やかなこの今が愛を育む時間のように感じられた。テーブルの上に置いていたサンジ様の手のひらがゆっくりと重ねられる。左手の薬指にある指輪の存在を確かめるように撫でられてくすぐったさを感じた。
「風が気持ちいいね」
「そうですね」
「こうして君と過ごす時間がとても幸せだよ」
サンジ様の言葉ひとつひとつが胸に染み込んでいく。じんわりと広がる熱は心まで溶かしてしまいそうなくらい温かかった。
「私も……私も幸せです。こうやってサンジ様とお話しできるだけで」
私のことを見つめる青い瞳はとても穏やかだった。その視線に吸い込まれそうになる。胸の奥がぎゅっとして苦しくなった。私達は何も話さずに見つめあった。まるで時の流れを忘れてしまったかのように私達はずっと見つめ合っていた。このまま永遠にこの時が続くのではないか、そんな錯覚すら覚えた。
「そろそろ部屋に戻ろうか。あまり長く外にいて風邪を引いてしまっては大変だからね」
「はい」
名残惜しさを噛み締めながら私達は立ち上がった。繋いだ手から伝わる体温が私の心を落ち着かせてくれた。サンジ様はいつも私を大切にしてくれる。それが嬉しかった。
「今日も来てくださってありがとうございます」
「こちらこそ楽しい時間をありがとう。また来るよ」
「はい。お待ちしております」
サンジ様の姿が見えなくなるまで私は見送った。部屋に戻るとすぐにベッドに飛び込んだ。ふかふかの枕に顔を押し付て目を閉じる。瞼の裏には先程のサンジ様の顔が浮かんでいた。どうか私と過ごす時間があなたにとって忘れられないものになりますように。私はそう願うことしかできなかった。

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