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▼ 汗すらも乾く風


「なにこのムキムキマッチョのゾウ……」

大きな影がパオーンと雄叫びをあげる。夕暮れの傾いた日差しと影をつくって、なまえとゾンビマンに立ちはだかる。

「怪人が現れたぞー!」

下校中の生徒の一人が叫んだ。悲鳴があちこちから聞こえる、そのほとんどが女子の高い声。
少しうるさいなぁ、ほんとに怖がってるの?最近は怪人出現がただのイベントになりつつあるわよねと頭の隅の隅で皮肉めいたことを考えながら、その他脳の大部分では、この状況の打開策を考えていた。

「なんでなまえを狙うのかわかんねーが、そんなの怪人一頭の悪そうなお前に聞いたってどうせまともに答えねぇだろ、なぁ」ゾンビマンは相手と距離をとる。「コイツが怪人に狙われる理由なんて思いつかねーぜ」

「パオーン!怪人パオマッチョは怪人としての目覚めと共に、なまえとかいう女子高生を半殺しにするように命令されたんだパオ!!」
「なんだよ半殺しって……なんのためにそんな」
「パオマッチョも命令されただけパオ!詳しくは知らないパオ〜〜」


「ゾンビマンさん、まさかそのゾウ撃っちゃうの?」
ゾンビマンの後ろに隠れていたなまえが不安げに問いかけた。
「そりゃ……なまえ、お前狙われてんだぞ?」
ゾンビマンはパオマッチョから目をそらさずに答えた。「いまさら何言ってんだよなまえ」

「でも……あんまり、その、ゾウは殺してほしくない」
なまえは続けた「目の前で、何かが死に至る様子を見たら、逆に怖くなくなるかも、って思ってたころもあったけど、やっぱりまだ見たくない」
タコの怪人が殺されたときにはほとんど意識がなくなってたため、記憶は薄い。


「……」
「怖いの、ああ、どうしよう!このゾウ殺さないと、わたしが殺されちゃうの?」
「必ずしもそういうわけじゃないが……」

ゾウが近づいて来るのを避けるために威嚇射撃を続ける。

「まあこのゾウを弱らせて、警察かヒーロー協会に引き渡したら、処分されずに済むかもな」
「弱らせたらいいのね!……――でも、どうしたら」

混乱した頭をまとめようと頭を一回だけ振り、地面を見つめる。そこでなまえはハッと思いついた。

「もしかして、もしかしてだけど……ここでジーナス博士からもらった護身用催眠剤とガウス銃を使えば」
「ジーナス博士だと……?!」

ゾンビマンの呟いた言葉が小さすぎて聞こえなかったので、なまえは学生カバンを開いて、白濁色のクリームと金属製の筒と鉄球らしきものを数個取り出した。クリームを鉄球の一つに慎重につけ筒の先端に入れる。残りの鉄球は筒の反対側から入れた。と思いきや、一つだけ手に持ったままである。

「なんだよ、それは」
「磁石の力を使って球を飛ばすものです。この、鉄球と同じ見た目のこれ一つだけ、ネオジム磁石です。詳しくはウィキペディアで検索してください……それよりもゾンビマンさん、威嚇射撃を続けて!」

ジーナスについての詳しいことはこのゾウをどうにかしてから聞こう、そう考え、ゾンビマンは地面に向かって射撃をした。「その、ガウス銃?はあのゾウを撃ち抜くほど強くはないんだろう?どうすんだ、ゾウの皮膚の厚さだったら眠らせることはできなさそうだぜ?!」

「ゾウの鼻の中に入れればいいんですよ、鼻の中は粘膜です。薬の吸収も早いはず」
「鼻ったって、あんな狭いとこ……入るわけねぇだろ!!」
「いや、入れてみせます」

強く頷くなまえ。心臓は依然どくどく跳ねていたが、頭はきちんと働いてくれた。なぜかわからないが、自分には出来る自信があった。手先は冷えきって、そのくせ汗ばんでいた。
「ゾンビマンさん、いいです、射撃止めて」
ほんの少し、乾いた風が吹いた。

汗も息も周りの音をも止めて、ゾウの動きをしっかり観察する。

なまえの瞳は揺れず、ゾウを、鼻を、捉えていた。
脇を締めて左手を固定し銃を支えたまま、ネオジム磁石を筒に入れる。狙いを定めて、磁石を鉄球に向けて筒の中に弾いた。


「入れっ……」
かすれた小さい声でなまえは祈った。




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