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▼ 鈍感、それとも

「怪我はないか?」
「あっ、はい」
近くの自販機で買ってもらったスポーツ飲料を両手に握り締め、上ずった声でこたえる。ペットボトルから水滴がぽたぽたと落ちるのも構わずに、なまえは目の前の美青年を見つめた。
こ、これが、S級14位、鬼サイボーグことジェノス……
友人たちがきゃあきゃあと騒いでいたのもなぜなのかわかった気がする。若い女性に人気なのもわかった気がする。こんなイケメン、世間がほっとくわけがない。白い肌、サラサラの金髪、サイボーグの体に、何か秘められた過去がありそうな憂いを帯びた表情……――

「家は近所か?」
「はい、帰宅途中だったんで」
「送ってく」
「え、いいんですか!?」

少し前にも、ゾンビマンからこんなこと言われて断った気がする。少し申し訳ないなと思いながら、まあこの前はひとりで帰って挙句変質者にも遭ったし、この人と一緒に帰った方が他の人に迷惑がかからなくていいだろうと自分を納得させた。イケメンはなーんにも疑われなくて得だよね。





「チッ……邪魔が入ったか……」
黒髪のメガネをかけた男は、すべてをこの建物の陰から眺めていた。冷たそうな雰囲気に反して、足元にはエアコンの室外機の生温い風が吹いていて、背中にじっとり汗をかいている。
「せっかく、あの種の人間であるか、どれほどの力が出せるのか、知ることができるチャンスだったのに」

実験や改造では得られない、生身の人間の、『リミッター』の外れた力。今までの研究を無駄なものとして研究所を捨てた。あの日見た、並じゃない人間の力に取り憑かれた。
「彼女は、間違いなく、死に追い込まれたときに限って『リミッター』を外せる。しかしやはり、無意識なのか。もしかすると近くに武器がないと戦えないのかもしれないな……」
汗でメガネが曇る。エアコンの室外機の生温い風が吹いているということは、室内はエアコンは付けっぱなしだということか……
「それはそうとあっついなぁ!!アーマードゴリラはなんで鍵を閉めて買い出しに行ってしまったんだ!!部屋に入れないじゃないか!!」




「家はここか」
「そうです、よかったら冷たい飲み物用意するので上がってください」
「いや、いい。俺は帰る。」
「なまえか?今日はやけに遅かっ……」
急に家のドアがガチャリと開いて、中からタンクトップ姿のゾンビマンが出てきた。二人を見るやいなや、ゾンビマンの動きが全て止まり、何があったかまるでわからないという表情にゆっくりと変わる。
「なんでS級ヒーローがここにいるんだ?なまえお前またなんかあったのか」
「それはこっちのセリフだ。ゾンビマンこそなぜこの家にいるんだ?この女子高生の家じゃないのか?」
「ゾンビマンさん、わたしこの人に助けてもらったの」
三人の言葉がごちゃごちゃに発せられる。全員それぞれがそれぞれの言葉を聞き取れたかどうかわからない。
「タコの、大きな怪人に遭って殺されそうになってたのを助けてもらったの」
「は?!怪人?!殺されそうになった?!」


ゾンビマンが真顔になる。あれだけ死ぬのが怖い人間が、死にそうな目に遭った。しかも二回目。自分の知らないところでそんな目にあっていたとは。その事実は人の家でくつろいでいたゾンビマンの頭には強烈な打撃を与えた。

「なんでまたそんないきなり……近頃の怪人なんて人が多いところに出るもんだと思ってたが」
「発生した理由はよくわからないけど、突然だったんです、帰り道に」
「怪我はないか?」
ゾンビマンがなまえの両手を握り、手をバタバタと開いて閉じる。

「ええ、無事でしたよ。間一髪のところをジェノスさんが助けてくれたので」
「え?ああ、えーとジェノス?なまえを助けてくれてありがとう、さっさと去……帰れ」

どうやらゾンビマンさんはまだ混乱してるようだ。

なまえはそう思いながら、やっぱり混乱してるってことはわたしのこと心配してくれてるのかな……なーんて、と心の中ひとり呟いた。

「(そしてゾンビマンさん、せめてもうちょっと丁寧にジェノスさんおもてなししてあげてよ……)」

「(なまえを助けてくれたのには感謝するが、なまえを守ったのが自分以外だと、やっぱり、少しくやしい)」

なんかあったら連絡してくれ、とジェノスはなまえに電話番号を伝え、表情ひとつかえずに去っていった。
「連絡してくれだなんて、いいのかしら……これは気があると思っても」
「ヒーローの社交辞令だろ」
「今わたしが言ったこと、冗談に決まってるじゃないですか」
「まあ俺の場合は社交辞令じゃないけどな」
「はあ?なんのことですか?ゾンビマンさんなにかしましたっけ」
「なにかあったらまず俺に連絡してくれよ」
「え?ああ、はいしますよ。今回はいきなり怪人に遭遇したからできなかったけど」
「(なんで気づかないんだバカヤロー……)」




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