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▼ 茜と赤と黄金色


「すっごく、久しぶりなんだけど……」
別に望んでもいないご対面。そう、怪人との遭遇。
いつぶりだろうか、わたしの記憶では、こんなに近くで怪人をみたのは……
ゾンビマンに、スライムから助けてもらったとき以来だ。


学校帰りに文房具屋に寄ったのだった。受験生なるもの世間の情報に疎く、入ってくる最新情報といえば、誰が校内推薦がとれたかとか、AO入試を受ける人の時事問題対策用のニュースだとか、あんまり嬉しいものじゃない。そんなつまらない情報にさらされてそのまま色落ちしてしまうんじゃないかと思ってたが、文房具屋に行って命を吹き返した。新しい文房具は、女子高生にときめきを与えてくれる。筆記具やノートだったら少しくらい贅沢してもいいんじゃない?と思い品定めに熱心になっていた。楽しい時間ほど早く過ぎるもの。気がついたら外は日が傾いていて、電柱の影が長く伸びていた。別に『やばい』とか思っていなかった。ただ、ゾンビマンを長い間自分の家に置いておきたくなかった。(そりゃ見られたくないものもたくさんあるし)

「(たこやきの家今日店休日なんだ……)」
初めて店休日があることを知った。不定休なのかな?
ご飯を作るのがなんだか今日は面倒で、たこやきを買って帰ろうと目論んでいたのに……
「(ちぇっ……)」
店の前から離れてくるりと半回転。夕焼けに赤く染まった空に、長い影がなまえに落ちる。

ん?……影?

たこやきの家から落ちる影……じゃない。目の前の赤も夕焼けの赤じゃない。それに急に影ができるなんてこともおかしい。壁かなんかが動いているわけでもあるまいし……

なまえはゆっくりと顔を上げた。ビチョビチョと気味の悪い音が聞こえる。わたしの冷や汗の音じゃないだろうな、となまえは冗談になりきれてないようなことを思う。

目の前にはタコがいた。なまえの体を影で覆うくらいの巨大な赤いタコがいた。

「タコって茹でる前はこんな鮮やかな赤じゃないわよね……」
「うるさい!貴様がなまえか?!命を奪いに来た!」
「は……?なによいきなり?」

命を奪う?

鼓動が速まる。心臓の刻む音が耳まで振動する。ドッドッド……

いやだ、なんでいきなり、なんで!

そもそも怪人なんて訳がわからないのだ。そう、訳もなしに理不尽に人を殺すやつだってたくさんいる。このタコもそうなのだろう。だからって殺されていいわけじゃない!

心臓の音がさらに細かくなる。脳に血が回る。眼球は小刻みに揺れ、暑いのにせすじは凍り、汗は止まらない。どうすればいい、どうすれば。逃げられる?いや無理だ。タコの足が伸びてきた。なまえは自身の重心を体制を変えながら操って逃れる。派手に転んだら今度こそ逃げられない。この場からも逃げられない。

一本の足を避けたからといって、相手には八本の足があるのだ。


文字通り、四方八方から足が伸びてくる。どうしようどうしよう。息を吸うことができない。はーっはっ、はーっはっ、と息を吐くことしかできず、酸欠のためか目の前は暗く、虹色にちかちかと点滅する。

「焼却」

強い光が一瞬弾け、そのまますぐに熱をもった爆風が砂ぼこりと一緒に巻き起こる。もはや酸欠で役に立たない頭でも助かったのだということはわかった。なまえはふらりとよろけた。パシ、と腕を掴まれ、ゆっくりと地面に寝かせられる。その人のシルエットの隙間から、向こうの方にこげてしまったタコが見える。

「たこ焼きになったから、今日の晩御飯あれにするか……先生はたこ焼き嫌いじゃないよな……」
「(あれたこ焼きじゃないから……!確かにタコは焼かれてるけども……)」


「大丈夫か?」
そう言う金髪の青年は白黒逆転した機械の瞳でなまえの顔をのぞきこんだ。





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