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▼ 世界の中心はあなたの瞳に

「あなたに、出会わなければよかった」
それは星が見えない夜だった。空を隙間なく薄く埋めた雲に月の太陽からもらった光が反射してぼんやりと地球を照らしている。
なまえが泣きながら、ゾンビマンの腕の中で身を引き剥がそうとする。白藍色の涙が頬を伝い、相手のコートを黒鳶色に染めていく。そんなこと言うなよ、とまっすぐに顔を上げ、ゾンビマンは言った。俺はなまえと出会えてよかったと思っているのに、と続けた。

「尚更、死ぬのが辛くなるわ」
「そりゃありがたい。だが、なまえに辛い思いはさせたくねぇな。どうすりゃいい」
「自分で考えてください」
「でも、なんとなく解決策はわかってるんだろ?」
「ええ」
「その解決策は、俺が考えてる解決策と同じかもな」
「……わかるわけない、あなたにわたしの考えてることなんて」
「いいや、わかるぜ。俺だってそのつもりで今までずっと一緒にいたつもりだ」
「……わたしからは言いませんよ」
「意地っ張りだな」

腕の中でなまえが頬を膨らませたように見えた。真っ直ぐ前を向いてても、腕の感覚でわかる。コート越しとはいえ、すべて伝わってくるのだ。体温も、形も、柔らかさも、匂いも、そして思っていることも。もちろん、超能力を持ち合わせているわけではないが、超能力をもってしてもわからないものだろう。そこには自分だけがわかるという自惚れもあった。

「なんで離さないんですか」
「なまえは離されることを望んでないだろ」
「……ええ」
「そして、俺も離れたくない」

できるものなら、このまま離したくない。一生、なまえの命が尽きるまで。それは何十年も後のことであろう。現実的には不可能と言えど、願望はそこまであるのだ。

「第一、今ここで顔を離したらぐしゃぐしゃですね、あーあ」
「俺は構わないけど」
くしゃくしゃになった顔にキスしたくなる心情はわかってもらえないんだろうな、とゾンビマンは思った。




「ねえゾンビマンさん」
「なんだ」
「世界の中心ってどこですか」
「他の奴らは知らないが、俺の世界の中心はなまえの瞳に写ってる。自分の世界の中心にはまず自分がいるもんだぜ」
「じゃあわたしの世界の中心はゾンビマンの瞳に映ってます」
「ごめんな、赤色で気持ちわるい世界で」
「そんなことないです、きれい、とても」

なまえは涙を流したあとの呼吸が整っていないようで、時々声を裏返していた。

「わたしの世界の中心は確かに、ここに、ずっとありますよね」
「……ああ、消えることはないだろうな」
「例えばゾンビマンさんの目が怪人に抉(えぐ)られてしまったら?」
「んなのすぐに再生する、ほんのちょっとなまえの世界が途切れるだけだ。目を合わせればすぐに戻る」
「そんな単純な、世界の仕組み」
「単純じゃない、この世界は単純じゃない。が、複雑な世界でも俺たちの間でだったらすぐ修復するんだ。俺は不死身だが、やっぱりなまえがいるから戻ってきたくなるんだよな。それで世界が修復する。」
「もしこの世にわたしがいなくなったら?」
「その時のために、なまえの永遠に生きたいと言う願いのためにも、俺はなまえの思い出をたくさん作って、ずっと生きていく。俺が生きる限り俺の中にはなまえが生きている。なまえの存在が俺の生の原動力なんだ」

呼吸が整わなくてうまく喋れないのだろうと思っていたなまえは腕の中で器用に眠りに落ちていた。眠かったからあんな喋り方だったのか。

ずっと、永遠に、共にこの身が消え果てるまで。
俺はなまえを守り続ける。そして、俺はなまえとの記憶を絶対に色褪せさせない。

『解決策』の一部を呟き、なお一層強く温かく抱きしめた。


2013/11/04
加筆修正2013/12/05


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