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▼ たこやきふたつ

学校が早く終わった土曜日、近所にたこ焼き屋さんができたというので行ってみた。学校とわたしの家の間に位置しているのだが、通学路の角を曲がって進んだところ、普通に通ったら通り過ぎてしまうようなところにあるために学校の行き帰りに今まで気づけなかったのだろう。値段が並々ならぬ安さなので、この前友人が言っていたたこやき屋はここかと目星をつけた。
なまえは粉物の中ではたこ焼きが一番好きだった。食べやすいからだ。実家にはたこ焼き器があるが、一人暮らしをする身であるためにたこ焼き器を持っておらず久しくたこ焼きを食べてなかったことに気がついた。
たこやき食べたいわぁ、もうこれ食べる気分になったから買わなきゃ。使命感に駆られるわね。
つま先はまっすぐ店に向いている。

「すみません、注文してもいいですか?」

店の奥で休憩しているのだろうか、店頭には店員の姿はなく、鉄板には何も乗せられていなかった。裸で吊るされてある電球も光ってはいなかった。油で汚れた布巾、束ねられた輪ゴム、銀色に光る青海苔ケース。

「はいはい、ちょっとお待ち。博士ー、お客さん来たんで表出てきますよー。」
軽く油で茶色く汚れている電球のコードがピンと張ったかと思うやいなや、ちかちか、ぱっ、と電球が輝いた。

「えっ!」
店の奥からゴリラが出てきた。まさか人間以外が出てくるとは思わずに、なまえはぎょっとして固まってしまった。だって、ゴリラ。目をこすって見ても、やはり目の前にいるのはゴリラ。しかも喋ってる。

「へいらっしゃい!嬢ちゃん、運が良かったねー。今から嬢ちゃんのために作るから、焼きたてだよー!だからちょいと待っててねー」

えらく人間らしいゴリラだ。あまりゴリラゴリラしていない。もしかしてゴリラにそっくりでゴリラに見えてしまうおじさんなのかも?となまえは理解した。

「あっとね〜一パック十個入り三百円だよ」

「えっ、安い」
値段が表に書いてあるにも関わらず、声をあげてしまう。ここまで安いと驚かなければいけない気がしてくるのだ。店員の前で。

「タコの仕入れに特別な仕入れ経路使ってるからねー(無限に増えるタコの足なんて言えないけど)」

「じゃあ、一パックで……――」

と、そこまで言いかけて、なまえの脳裏にゾンビマンの顔が思い浮かんだ。

「すみません、やっぱり二パックお願いします。」

「嬢ちゃんまさかあんた一人で二パック食うのかい、食べ盛りで、年頃だからって食べ過ぎは良くないよ……」
ゴリラの顔がさっと青ざめ(実際彼の顔は毛深く地肌の色なんてほとんど見えないのだが、雰囲気青ざめたのだ)、手を止めて本気で心配そうな顔をした。

「そんな、違います。知り合いが遊びに来てて……決して一人で食べるわけじゃありません!」
なまえは慌てて弁解した。

そうだ。今は家でご飯を食べるとき一人じゃないのだ。「飯を食えば仲良くなる」というゾンビマンのごはん至上主義論に諭され、今ではちょくちょく夕飯を食べに来るようになっていた。世間一般の休日だと昼から家に来るときもある。

今まで何食べてたんですか、というか料理できるんですか?と聞いたことがあった。
「ファストフードとかうどん屋牛丼屋そこらへんを毎日。少しなら料理できるぜ」
「げっ……体に悪そう……料理できるなら自分でご飯作って食べればよかったじゃないですか」
「……まぁ、ご飯のおかずになるような料理は作れなかったから……な」
「例えば?」
「白米、混ぜ込みご飯、炊き込みご飯、雑炊、お粥、カッパ巻き」
「ほとんどご飯そのままじゃないですか、混ぜ込みご飯とか炊飯器に炊き込みご飯の素入れるだけだし」
「あと卵かけご飯、ゆで卵、目玉焼き、玉子焼き」
「半分料理と呼んでいいのか疑わしいですね」
「以上」
「……頑張ればオムライスが作れますよ、それだけご飯と卵極めてたら」
「毎日これをローテーションするのは正直辛い」
「体調崩しそう」
「俺は何を食べても食べなくても体調崩さないからな……ただ、」
「ただ?」
なまえが聞き返すと、ゾンビマンはこういうことわざわざ言うのもなんだけどな、と前置きして、
「食事をしないなんて、まるで人間らしくない、からな」
と、口をすぼめて言った。口の内側を軽く噛んでいるようだった。たしかに彼はわざわざ金を払って食事を摂る必要はないのだ。
「命があって生きてるだけよりも、健康で文化的な生活をしたいよな、食事をするとか食事をするとか」
と、どこかで聞いたことがある言葉を言った。小学生のときに聞いた――社会の授業で。
「ゾンビマンさんさすが常識人。二回同じこと言いましたけど」
「おいおい空気読めよな」
「今のユーモア挟んでくれたんじゃないんですか人権のやつ」
と、噛み合ってるような噛み合ってないような会話をした。



「おまちど〜〜、その友人にも宣伝よろしく頼んだよ」
「はーい、ありがとうございます、伝えときます」


なまえはプラスチックの容器に入ったたこ焼きを傾けないように、慎重にビニール袋を持った。二パック分の重さはなまえを自然と笑顔にさせた。早足で帰ろう。



「アーマードゴリラ、お前そんな喋り方してたっけ?」
「ああ、ジーナス博士。形から入る派なんですよわたし」



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