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▼ 知らない時間で


時刻は今日もリセットされた。三つのゼロが並ぶ時間。ゾンビマンから警察署の外から帰ってきたとき、なまえは入口近くの椅子に横になって寝ていた。本人はそれほど気にせずにかけたものなのかもしれないが、なまえの顔にかけられたハンカチは快いものには見えない。呼吸のたびに上下するそれを見ると息苦しそうにも見えるので、ゾンビマンはハンカチを顔から摘んで取り、そして顔の近くにおいた。顔の上に布乗せるのは、あまりよくない未来を連想させる。誰も望んでいない未来、それは本人であるなまえが言うまでもなく一番望んでない未来。


「なんで、俺を呼んだんだろうな……」
ゾンビマンはなまえの寝ている横に座った。
送られるのを断ったくせに、警察署に着いてからは連絡をする理由がゾンビマンにはわからなかった。ああそっか、両親と別居してるんだったな、身寄りがないのか……などと考えて、なんとなく自分を納得させた。なんとなく。確実な真相なんて知るわけ無いし、わかるわけもない。
頼られたことは正直、嬉しかった。なまえからはずっと突き放された態度をとられると思っていたが、頼られたってことはそうでもないらしい。嫌いなやつに頼る人間なんてそうそういない。好意を数直線上で表したところのマイナスからゼロになった、ようなものだろう。

それにしても、なまえが無事でよかった。この世の中、怪人だけが脅威なわけではない。S級ヒーローがわざわざ目にかけない、C級B級ヒーローが成敗するような犯罪者も多くなくとも少なくもない数が浮浪している。全ての市民が均一に、確実に守られるなんてことはない。S級ヒーローが一人の女子高生に目を掛けるなんて、他のS級に知られたら笑い話になりそうだな、とゾンビマンは自分を嘲笑(せせらわら)った。

すやすやと肩を小さく上下させて寝息をたてている。

死に恐怖する。なまえは死に恐怖を感じている。ゾンビマンには程遠い感覚だった。なんで死に恐怖する?どんなに痛く苦しい状態でも死にさえすれば、解放されるんだろ?だからわざわざ自分から死を選ぶやつが絶えないんだろ?とファミレスにいるときになまえに問いかけたことがあった。

「死は不可逆なものです、一度死ねばどんなに痛く苦しい状況も、ちょっとの痒みでさえも、どれもこれも二度と感じることはできないんですよ。」

なまえは眉を八の字に寄せて言っていた。ぎゅうと苦しそうな顔をして、ため息がちに、ああ、と声を漏らすなまえ。わざわざ迎えに行かなくとも、来るべき時が来たら向こうがわたしを迎えに来るわ、と独り言のように呟いた。


目の前で熟睡しているなまえを見る。そういえば、寝ているという状態についてもなまえは話していた。

「寝ている間って脳が休んでますよね、生きるために最小限働いてるだけですよね。寝ている間って意識がないですよね。起きてる間はある自我の意識。疲れている日とか、バタンキューって倒れ込んで眠る、気がついたら朝。寝てる間にも過ぎてる時間があるはずですよね。その時間をわたしは自覚できないけど。なんて言ったらいいんですかね……過程をすっ飛ばして、結果だけ目の前に用意されてる感じ」

それがどうしたんだ、と怪訝な目を向けたら、
「死んでる、ってことはその寝て起きるまでの間の時間が永遠に続くような感じなのかな、って思うとやっぱり怖いですね……」
だからわたしは眠るのが怖いんです、となまえは続けた。眠くならないと寝ない。普通に聞こえて普通じゃない言葉だ。彼女は死の恐怖と眠気とを毎晩秤にかけている、眠気が勝って、本能に従えるまで眠れない。

それを聞いて真っ先に、単純に思ったのはなまえに安らかな睡眠を与えたいということ。もちろん、ここでの睡眠は死の比喩なんぞではない。安心して眠ることさえできないなんて。
どうすれば安らかな眠りを毎晩迎えることができるのか。


目の前で横になってすやすやと眠っているなまえを見つめる。彼女は生きている。首に覆い被さっている髪をさらさらとよけ、白く細い首を露にする。人差し指と中指でピースサインの二本の指を閉じた形をつくり、首の側部にそっと、軽く当てる。とくとくと、穏やかに脈打つ。ここを通る血液がなまえの体を動かしている。当たり前のようなその事実に何かが湧き上ってくるような心地がした。愛おしい――その湧き上ってくる気持ちを人はそう呼ぶものだとゾンビマンが気づくのはもう少し先の話だ。


「俺がこうやって、なまえが毎晩きちんとずっと生きていることを夜通し見張っておければいいのにな」
そんなことできないと思うが、と指を名残惜しげに離した。白い弱々しい首が露になっているのは簡単に折れてしまいそうで少し不安になる。

滑らかに指で髪を梳く。再び髪でその首を隠した。










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