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▼ あたりまえの残酷さ



生徒達はまだ半袖、夏休みはとっくに明けていて、相変わらず蝉はうるさく鳴いていた。なまえはクーラーの効いた生徒会室にいた。

「今年の塩中体育祭、白組パネル係なまえ先輩になったんですか?!生徒会の仕事もあるのに!」
生徒会室に入ってなまえの姿を見つけて早々、影山律が近づいて早口で捲し立てた。なまえは律の声に驚き、びくりと肩を揺らしたが、何事もなかったように軽やかに振り返った。

「ごめんね影山くん、パネルも一生懸命やらしてもらうけど生徒会の仕事もきちんとやるから生徒会のみんなに迷惑だけはかけないわ」
「そういうつもりで言ったんじゃないんですよ……!先輩体育祭のポスターも描くじゃないですか、さすがに先輩がする仕事が多すぎます!」
「生徒会の書記ってこういう仕事が多いのよ、だから体育祭や文化祭シーズンはしかたないわ、承知してる」
「でも……でも!さすがにきついですよ!ちょっと生徒会長か副会長に頼んでなまえ先輩の仕事軽くしてもらってきます」
「やめて、やめて!影山くん」

踵を返し早足で去ろうとする律の腕をなまえは掴んだ。軽く固まる律の筋肉。

「わたしの、中学校最後の体育祭の仕事よ。成し遂げたいの、頼まれた仕事は全て、全力で。だから――」

なまえの瞳が律の瞳を打ち抜くほど真っ直ぐにかち合った。

「――どうか、邪魔しないで」

ごめんね、となまえは一言言うと、手を律の腕から離し、生徒会室を出ていった。その日、律が生徒会室にいる間なまえは生徒会室には帰ってこなかった。なまえが去ったあとの机にはパネルの下書き用紙が置かれていた。描きかけのそれはエアコンの風に飛ばされぬよう、消しゴムの重さを重石に、風に煽られパタパタと音が鳴っているだけだった。


あんなに大量の仕事、このクソ暑い時期にこなせるわけがない。絶対、疲労で倒れてしまう。


なまえ先輩は絵が描ける。絵が描けない人からすれば、絵を描ける人間ってものは素晴らしいものであり、それ以前に便利なものであり、重宝される、こういう絵が必要な仕事のときに。絵は絵が描ける人が描くべきだ、とかいう強迫概念までまかり通っている。つまりはそこに拒否権がないことだってある。描きたくないから描かない、は通用しないのだ。描けない人の拒否は受け入れられるのに、描ける人の拒否は非難される。そういうわけで、絵が描けるなまえ先輩には体育祭シーズンに続々と仕事が押し付けられ、先輩はそれを拒否できないんだと思う。中学校の生徒会の書記の仕事は校内掲示のポスターを書く事、など絵を描く仕事も多い。先輩の絵はそれなりに、いやかなり評判がよかった。先輩が絵を描けることを知っている人は少なくない。押し付け、押し付け、押し付ける。先輩は断れないし断らない。誰がこの状況からなまえ先輩を救う?僕しかいないだろ。
影山律はそう考えると一歩足を踏み込んで、駆け出そうとした、が足を止めてすうと横に並べた。

『中学校最後の体育祭』『邪魔しないで』二つの言葉が律の足を止めた。僕が止めたら彼女の人生を台無しにしてしまうんだろうか。なまえの悲しむ顔が律の頭に浮かんだ。そのまま滲んでこびりつく。


僕は、何もできないのか。

できないことが少ない、いわゆる万能な中学生男子は、この何もできない状況に、自分の無力さを感じ、歯がゆさに拳を握り締め顔を歪めた。



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